夢の中での帰り道。
今日不気味な夢を見た。
いつもならベットから頭を起こしてからの数分間しか夢を覚えることができなかったが、今回はなぜか、ベットから起き上がり顔を洗って朝食を食べてもずっと頭にその夢がとどまり続けていた。
その夢はこんな夢だった。
僕は見慣れた会社からの帰り道を一人で歩いていた。会社と家は徒歩10分程度の距離で、いつもなら自転車で行き帰りしていたのだが、夢の中ではなぜか歩いて自宅に向かっていた。
なぜ、家に向かっているのかわかったかというと、会社までの道は、山沿いであまり整備がされていない道で、会社に行くとき以外あまり通ることがなかったからだ。
あたりは真っ暗で、草むらからはいろんな虫の合唱が聞こえていた。夢の中で僕は、真夜中の田舎道に一切の恐怖を感じることなく、淡々と歩みを進めていっていた。
すると突然、激しく鳴いていた、セミや鈴虫等々の鳴き声が、突然ピタッと止んだ。
自分を囲んでいた真夜中の音色が突然消えてしまったので、僕は急に孤独感をおぼえ、恐怖を感じた。
僕はただ一人、あらゆる虫たちも突然姿を消し、闇の中にあるものは僕という存在ただ一つ。
そう思い始めたときであった、背後に巨大な気配を感じた。それは、生気を感じない大きな気。僕はサッと振り返った。恐怖におののく暇もなく。
そこで僕は目を覚ました。
あのとき見たものだけが思い出せない。いつもなら、もうこんな時間か、嫌だなとか思いながらも、サッと支度をして会社に向かうところなのだが、今日はなんだか会社に行くことを躊躇した。
そしてその日の夕方。
僕はあることに気がついた。夢の中で僕は歩いていたが、今日僕は自転車で会社に来ている。妙な夢だったが、予知夢とかそういう類のものではない。きっと。
僕はなんとなく感じていた不安をかき消して、真っ暗な帰り道の方に自転車を漕ぎ出した。
真っ暗な中、無数に虫たちの声と、背中を伝わる冷たい汗だけを感じながら、僕はいつもよりも足早に家に向かっていた。
今朝の夢の不安からなのか、虫たちが自分に対して文句を言っているように感じてきた。背中を下る汗と思っているものは、自分を殺そうとシャツに飛び込んできた虫なのかもしれない。僕はだんだん大きくなる虫の声に、視界が狭まっていくように感じた。耳が遠くなり、虫の声が水中にいるときのような聞こえ方になってくる。
自分は一人ただ一人。たちこぎをして前のめりで自転車をこぐ。家はまだか、まだか。
突然、僕は強い衝撃とともに、後ろに吹き飛ばすされた。
気がつくと、目の前に広がるのは大きな闇の空であった。突然顎に衝撃が走り、自転車から後ろにたたき落とされた僕は、倒された自転車の後ろで仰向けに倒れていた。
今何が起こったのかわからないまま、僕は急いで起き上がり、自分に近づいてくる、真っ黒な人の影から逃れるため、会社の方へ急いで走り出した。
頭の後ろがズキズキとして、唇の下は切れて血がボタボタとたれている。
無我夢中で後ろからカンカンカンと地面を蹴って近づいてくる足音に捕まらないように逃げる。
だんだん後ろの足音が大きくなってくる。気がつくとあたりの虫も鳴くのをやめている。
僕は恐怖に駆られて何も考えずにひたすら走る。
と、その時。足音がピタッと止み、僕を追う者の気配が消えた。しばらくそのまま走り続けていたが、やがて意識がはっきりしてきて、僕は立ち止まった。
冷静に考えろ、僕はてっきり誰かに殴られて自転車から落ちたと思い込んでいたが、実は電柱か何かにぶつかっただけなのかもしれない。きっと今朝の夢のせいで余計な妄想をして、そう感じただけに違いない。
後ろからの足音も気のせいだ。僕は頭の中でブツブツつぶやきながら、自転車の方にUターンしていった。
すると突如、頭に鋭い電流が走り、昨日の夢が喚起された。それも今朝よりも鮮明に。僕は血だらけだった。そして、異常なほど冷静だった。
そして……
後ろに大きな気配を感じた。
そうか、そうだった。僕はここで振り返る。
現実で昨日の記憶を頼りに振り返る。
そこには、生気のない目を持つ、不気味な笑みを浮かべた僕がいた。
一歩ずつ僕は近づいてきて、二人の間の距離が数十センチのところまで来たとき。
もう一人の僕の顔が張り裂け、夢の住人の正体がむき出しになった。恐ろしく不気味なその姿。
僕は冷静なまま、その姿をゆっくりと観察した。
すると、急にそいつの体がボロボロと崩れ始め、砂のようになった。
僕はそれを見届けると、何かを悟り、ゆっくりと後ろへと振り返り、家に帰ろうとしたその時、砂の中から、赤い手が生えて、僕の右手を掴み、僕を引きずり込もうとした。その瞬間全身から汗が吹き出し、僕の体は恐怖に飲み込まれた。砂の中からもう一つ生えてきた、不気味な顔が笑って僕を眺めている。
やだ、やだ、やだ!死にたくない!
気がつくと僕はベットに横たわっていた。不気味な夢を見た。いつもなら起きて数分で忘れる夢も、今日はなぜか、ベットから起きて、顔を洗って朝食を食べても覚えている。けれど、夢の最後に見た場面がどうしても思い出せない。どうも引っかかる。
ふと時計を見ると時刻は7時50分。
今日はなぜか会社に行くことに躊躇してしまう。
ああ、なんだか不安だ。