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此れは貴方の墓標  作者: 蒟蒻絨毯
序章 肌撫でる風は柑橘色に
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一日目 とてもありふれたモノ その1


 ジリリリリ!! 


 バリリリリ!!


 ジャリリリリ!!


微睡の贅沢を断ち切る様な叫び声が耳元で鳴り響く。その音が週の始まりを知らせる合図だと知ると、脳の中で憂鬱さが加速していく。全く、鶏でさえもっと静かに朝の訪れを教えてくれるだろうに。


乱れた髪が枕に絡み付いている。枕元に三つ置かれた大小様々な目覚まし時計が震えている。星形やハート型など。それらを布団から出る事無く、素早く慣れた動作で止める。さながら洗練されたアスリートの動きだったが、生憎私はこの動きを憎き時計にしか発揮できない。


 三つの時計の中の真ん中を掴み取り、今の時刻を確認する。


「…………あと三分、いけるな~~~~~~あぁう」


「『いけるなぁ~~~~~~』じゃないっ!! おーきーなーさーい!! 風香!!」


 布団をテーブルクロス引きのように引き寄せて、ベットにしがみ付く少女から、これまた慣れた手付きで彼女を睡眠の淵に落とそうとする布団という名の魔具を剝ぎ取る。


「全く…………毎朝これ。寮生で相部屋の人に起こしてもらってるの貴方だけよ?」


「うぅ……………………おはよ、雅乃」


 目覚め切っていない脳で思考ははっきりしていないが、何とか相部屋であり唯一の親友である彼女に朝の挨拶を交わした。


 瞼を擦りながら、布団を失ってもなお横たわる風香を見て雅乃は大きなため息をついた。一方風香は朝から感じの悪い同居人だと思った。


 花柄のキャミソールの寝間着姿の風香とは違い、雅乃は既にこの学園の制服に身を包まれている。葡萄の様な髪を腰の高さまで垂らしている美少女。真っ白なセーターとスカートは高貴さと美しさを両立させる優雅な色合いをしている。改めてまさにこの学園を表現したような制服だ。


「仮にもお嬢様でしょ。貴方。田舎の温室育ちは、中身が腐っちゃうのかしらね~~」


 私こと橘 風香(たちばな ふうか)は伝統ある貴族家系の一人娘だ。この学園に居る人達は皆を幼い頃からお嬢様と呼ばれた身分の人間のみが集められている。私達が通う私立桜木葉(さくらぎば)学園は、卒業した者は将来的にほぼ全員が何らかの実績を収めてしまう程の都内では随一の有名女子校である。


 例の一件からはや一年が経過した今。減り過ぎた人口と崩れてしまった秩序を正すために、国は若者への支援を徹底した。奨学金は勿論、学校の施設でさえ利便性の高い物ばかり揃えてある。その結果、都内の若者達は昔よりも少しだけ満足いく青春を送れている。しかしまぁ、所詮ここは女子校。しかも貴族ばかりの堅苦しい世界。肩身の狭い田舎の少女にとっては甘酸っぱい青春なんて、当然送れるはずもない。


 彼女はたまに、私を揶揄う様な口調をするが、根は真面目で優しい子なので、今のように揶揄された後に何も言わないでだんまりしてみると、心配してオロオロしだす。それが彼女、舘内 雅乃(たてうち みやの)の何とも難儀な性質である。


「ふ、風香?」


「はいはい。本物のお嬢様には叶いませんよ〜〜」


 雅乃の言い方を真似てたのだが、彼女は気付かずに一瞬の安堵の後いつもの厳しい顔に戻る。


「ふん。分かったならいいけど。ほらっ」


 彼女はハンガーラック掛けた私の制服を投げつける。それが見事に私の頭に命中した。鈍い音が一瞬響いくと、思わず身体がベットから飛び起きた。そうして、今し方(こぶ)が出来た頭部を(さす)る。


「いたい」


「うるさい。先に食堂に行ってるから、早く来てよね!!」


 ガタンッ、と強い力で扉が閉まると。途端に部屋は朝らしい静寂を広めた。全く今朝も私にだけ騒々しい同居人だ。


 私は起き上がり、洗面所で顔を洗った。ふと、目の前に立つもう一人の私と目が合った。


 顔を水浸しにしたもう一人の私。何と無く今朝見た夢の記憶が蘇ってきた。……今朝見た夢は()()()()()()()()()()()()()


 顔をタオルで拭くと、今度は東西南北様々な方角に曲がった癖を直す。橙色に染まった髪を丁寧に梳る。やはり、それなりに良い環境で育ったからか容姿には自信がある。まぁ、親元を離れてからは、肌荒れ等は悪化の一途を辿っている気がするが。


 癖を直して、最後にリボンを巻いて朝の準備は終了。雅乃が文句を言う前に早く向かうとしよう。


 部屋を出る前に忘れ物が無いか振り返る。仮にあったとしても、朝食を摂った後に取りに来れるのだが、品行方正の同居人は自分を含めた視界の範囲に置ける全ての物事が正しく進まないと、顔を真っ赤にして怒り出すのである。生真面目な暴君と言えよう。


 扉を通って、右側が私の領域。左側が雅乃の領域。部屋の散らかり具合が左と右で違いすぎるので、改めて自分の雑な性格を恥じる。頭を掻きながら逃げる様にドアノブを回す。その時、


「えっーー」


 ふと、夢と(うつつ)を曖昧にさせる妙なモノを視界の端に捉えた気がする。振り向くと、そこには私が普段使う姿見があった。ベットの横に置いてある縦長の姿見は扉からでも、その中を覗ける。その奥で驚いた表情を見せる少女は、誰がどう見ても私。


「変な朝ね」


 彼女は自らの悪癖である「独り言」を呟いて部屋を後にした。


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