2-9 ドナドナ馬車旅行記
「祐子様、ここで五分休憩です。お身体の方は問題ありませんか?」
「え、ええ。何も」
正直言えば、もう休憩なの?、という感じ。実際、まだ二十分も経ってないはず。
馬車から降りてみれば、そこは北松野駅のロータリーからわずかに離れた位置で、目の前には掘っ立て小屋。御者の斎藤さんはその中に入って行った。
「ここは馬車組合が使っています。祐子様に御覧いただくにはお見苦しくて申し訳ありませんが…」
「いえいえ、これも視察ですし」
掘っ立て小屋の周囲には、大根やジャガイモの植えられた小さな畑。端の方は最近掘り返した感じで、木の根も転がっている。現在進行形で開墾しているようだ。
馬糞の臭いがするし、掘っ立て小屋は白黒写真でしか見たことのないレベルの掘っ立て小屋だし、逆に楽しくなってくる。
隣…にいたはずの闇は、馬を触って遊んでいた。何だろう、嫌になるぐらい気が合う。
「祐子、さすったら洪水になったよー」
「………」
前言撤回…したい。馬の小便に喜ぶような趣味はないし。
とりあえず、闇は闇なので濡れないようだ。そのくせ自分からは触れられるって、勝手な設定。創造主にそんなこと言ってもしょうがないけど。
私と闇で造り替えた道路は、この北松野駅辺りまで。ロータリーと幹線道路は用意したけど、何しろ無人地帯なので、最低限のものしか造らなかった。
そもそも北松野駅自体、闇の彼氏とかいう存在が「新幹線と通勤通学路線はセットで造るべき」とか主張した関係で造られた。何者なんだいったい。
「それでは祐子様、ここから少々揺れますがご容赦ください」
「え、はい」
休憩はすぐに終わり、高架線の下をくぐる。ここは支線分岐点なので、かなり大規模な高架になっている。
その支線の行き先が第一ダンジョンなんだけどね…と、突然大きな上下動が。
「ゆ、揺れますね、根上さん」
「すみません、しばらくどこか握っていてください」
それまでとは乗り心地が激変、とんでもない悪路に入ったらしい。
向かい合う根上さんも、窓枠などにしがみついて必死だ。自分も……。
「いいねー、これが冒険だよねー」
「何を呑気に」
隣の闇が平然としているので呆れたが、考えてみれば自分も同じだった。
さすがハイスペックな身体。時々天井まで跳ね上りそうな振動なのに、現人神の身体は何の問題もなく座っている。
正直言わせてもらえば、少しは反応して欲しい。自分が人間じゃないと実感させられるわけで。
「…終わりましたか?」
「は、はい。祐子様、申し訳ありません」
「いえ、楽しかったですよ」
トランポリンのような体験は、数分もかからずに終わった。どうやら元々の道に合流したらしい。幹線道路に比べればガタつくけど、我慢できないほどではないのでほっとする。
根上さんが言うには、北松野駅から合流点まで百メートルほど。そして、幹線道路は五十メートルほどのびていたので、残りを突貫工事で造ってつないだという。
たった五十メートルなら、つなぎたくなるのは分かる。銀座通りから北松野の幹線道路は、距離は若干長いが圧倒的に道が良いので、馬も全速力で走れる。あのわずかなガタガタさえ我慢すればいいのだから、これまでの道が廃れるのも仕方ない。
「来月までには、もう少し乗り心地が良くなると思います」
「それは楽しみです」
現在の連絡道は、冒険者を雇ってたった二日で造ったらしい。木を伐って下草を刈った程度で、まだ大木の根すら残った状態だというから、まさに取って付けただけ。
一応、本職に依頼して整備はするという。馬車組合にも金を出させたそうだし、あのガタガタも今だけの貴重な体験になるのかも。
馬車はほどほどにガタガタ揺れながら進む。
百年間使われ続けたという道は、広葉樹の森の中につけられた緩やかな上り坂が続く。道の左手は落ち込んでいて、川が流れている。
馬も今はのんびり歩いているし、これが日本なら観光名所。でも、この星ではどこにでもある景色なんだからすごい。
「ドナドナドナー」
「もう少し適切な歌があると思わない?」
「えー。だって、どこか盗賊のアジトとか行きそうじゃん」
どの口が言うんだ、闇め。
もちろん、知り合いになったとも言えない間柄の人に連れられて、無人の森を進んで行くのだから、本当は少しぐらい心細くなっていいのかも知れない。うん、つらつら条件を並べてみると、ドナドナでもいいような気がしてきた。
まぁ残念ながら、この身体は何も恐れていないし、悲しいことに頼りがいだけはあるのが隣にいるわけで。
※連続更新はここまで。