2-8 ダンジョンへの快適な馬車旅
「すっごいねー、いやー、本物の冒険者ってやつ?」
「はしゃがないでよ、神のくせに」
「あら、祐子様だって神ですわよー」
「うっさいなぁ」
……………。
いよいよダンジョンへ出発する。粗末な馬車の室内では、根上さんには見えない三人目の乗客が、相変わらず子どものようにはしゃいでいる。おかげでこちらの興奮は覚めてきた。ありがとう闇の神。もちろん棒読みで頼む。
どう見てもサラブレッドの大型馬は、暴れることもなく大人しく立っている。もちろん身体の大きさには圧倒されるけど、今の身体から仮に全速力でぶつかられても問題ない…と自分に言い聞かせておく。というか、ぶつかったら馬が即死するかも知れない。
ギルド職員と野次馬に見送られ、馬車が動き出す頃には、すっかり落ち着いた。隣の闇はまだ興奮してる。影しか見えないのに笑顔だと分かる自分が嫌になる。
「いかがしやすかギルマス。旧道でも行けますが」
「せっかくです。新しいルートで」
「へぇ」
御者の斎藤さんとギルマス根上さんが何か相談して、馬車は銀座通りを進む。
生まれて初めて乗る馬車。トロッコも大八車にも乗ったことのない自分にとって、一番近いのは幼い頃に乗ったベビーカーだろうけど、生憎ベビーカーの乗り心地なんて憶えてない。
ゴリゴリ音がして、それなりに振動が伝わってくる。ギシギシとしなる音もするし、最初は壊れそうに思ったけど、これが当たり前のようだ。
神殿の交差点で停止…せずに、そのまま広い駅前通りを突っ切って進む。この星に信号はないけど、優先通行とか交通安全とか、そういうものも余りないらしい。百年間の不死のおかげで、危険に対する意識は著しく欠けていると、市長の娘の静さんが言っていたのを思い出す。
まぁ今は自動車はいないし、馬車は遠くからでも音で分かる。それよりも行き先が…。
「ダンジョンへの道は、駅の裏ではなかったですか?」
「祐子様、そちらは旧道になります。先日、祐子様に町を造り替えていただきまして、その際に新しいルートができました」
「そ、そうですか」
町を造り替えるという表現にびっくりするが、考えてみればその通りだった。
ただ、確かに方々の道路を付け替えたけど、ダンジョンへの道はいじらなかったはず。ゲームで使うルートなので、さすがに途切れたりはしていなかったし、人家のないエリアには手を出していないわけで。
馬車はそのまま銀座通りの道を北へ進む。
既に銀座と呼ぶような景色はなく、程なく人家は途切れて森に入った。ただし、この辺まで自分はちゃんと道路を造っていたようで、二車線に歩道付きの直線が続いている。
森の木々は…、ミズナラやシラカバらしき木がある。ブナっぽい木も。一応は異世界なので婉曲表現してみるけど、同じ木だろう。地球と同じ環境なら、冬には雪が降りそうな景色だ。
やがて十字路に。周囲は全く人工物のない広葉樹林だけど、交差する道は片道四車線の立派な幹線道路だった。えーと、ここはどこ?
「闇は覚えてるの? こんな道あった?」
「知ってるけど教えてあげないわー」
「意地悪」
「自分の頭に聞きなさいよ。いい加減、本物の神さまになりなさいねー」
………。
闇の神の分体としての自分は、その記憶をだいたい共有している。だからその気になれば、この星の誕生から今までのすべてを知ることができる…らしい。
それをしないのは、松野祐子という人間の意識が、膨大な情報量に耐えられない…と思うから。
実際には、耐えられるのだろう。何も問題は起きないだろう…が、それを使いこなす自分をまだ自分は見たくない。
「祐子様は、いずれこの幅が必要になるとお考えになられたのですね」
「え? ええ、まぁ、それは必要になります。皆さん次第ですが」
馬車しかない町に四車線の幹線道路だから、根上さんに限らず疑問をもっている人は多いようだ。まぁそれは分かっていたけど、後から立ち退かせて広げるぐらいなら、最初から幅は確保した方がいいような気がした。
素人の浅知恵なんだろう……って。
「その先見の明で我が町をお導きいただけることには、どれだけ感謝してもしきれるものではありません」
「あの根上さん、車内で土下座はやめてください」
揺れる狭い車内で器用な真似を…とか言ってる場合じゃない。慌てて席に戻ってもらった。
広い道路が感謝されるようなことなのか、正直言って自信もないのに。
馬車はその交差点から幹線道路へ。森の中で方向感覚がなくなったけど、たぶん西へ向かっている。
そうしてしばらく森を進むと、突然目の前に橋のような人工建造物が現れた。
「あ、ここは…」
「はい。祐子様にお造りいただいた北松野駅です。ここまで立派な道ができて、馬車旅も快適になりました」
「な、なるほど……」
森の中に忽然と現れた高架線と駅前ロータリー。それは鉄道線を造り替えた時に設置した、松野駅の隣駅だ。
と言っても、鉄道はほぼ闇任せだったので、正直うろ覚え。まさか、こんなに何もない所だったとは。
一応、周囲は少し森が途切れていて、よく見れば掘っ立て小屋や畑、そして何かを建てている所もある。道路や鉄道を造り直して、まだ一ヶ月ぐらいしか経っていないことを考えれば、ずいぶん早いペースで開発が進んでいるようだ。
土地が余りまくっているこの星で、わざわざ無人の駅前に引っ越すのは不思議だけど。それとも、将来性に賭けてる?
※いわゆる本州の低山帯なので、植生もそのイメージ。もちろん、ファンタジーな薬草はない。本草学的な意味の薬草は登場するかも知れないが、本草書にゲームのような飲み薬なんて存在しないのだよ。
と言いつつ、ゲーム的ポーションはこの後で登場する。当然じゃん、ダンジョンはゲームのフィールドなんだから。