2-7 いろいろでっかい女のダンジョン衣装
松野銀座、冒険者ギルド前に馬車が停まっている。
うう…。
「い、いかがなされましたか。祐子様」
「いえ何も」
上下皮鎧の冒険者ルックに着替えた根上さんが、心配そうにこちらを見上げる。
こちらはむしろ、その浮世離れしたコスプレみたいな衣装で迫られて、反応に困る。ああ、ここはやっぱり異世界だった。
馬車は冒険者御用達の一般型。馬は一頭で、二軸のありふれた形態の車には、一応屋根がついている。頑張れば六人詰め込める仕様で、御者を合わせて七人から八人までいけるらしい。
今は根上さんと私の二人しか乗らないから――本当はもう一人いるけど――、広さは何の問題もない。向かい合わせの粗末な板張りの椅子も、大した時間じゃないからこちらも問題なし。
問題は―――、そう、日本の松野祐子は間近で馬なんて見たこともなかった。要するに、怖いんですけど!
ただし、怖がっているのは松野祐子の意識だけで、ハイスペックなこの身体は全く気にしていない。いつもながら、ちぐはぐな現人神。
―――――なお。
新人冒険者の松野祐子も、根上さんと全く同じコスプレ…ではなく格好に着替えた。
近くの防具屋が独占販売する鎧兜一式は、見事な規格物で、初心者から上級者までこれ一つで大丈夫…らしい。
本当のところは、例によって百年間「神さまに与えられた」防具一式を提供し続けていただけで、最近になって細かい注文がつくようになったとか。
「こうして見ると姉妹みたいですね」
「お、畏れ多いです祐子様。先ほどから皆、現人神様の御姿に感激しております!」
「いえ、だって…」
本当に装備は一緒なんだけど…。
「知ってるくせに。祐子は許容範囲の女でしょー」
「うっさい」
当たり前のように隣にいる闇の創造主が、余計なツッコミを入れる。ツッコミは私の役目なの、アンタは非常識を反省する役なの!
ギルマスと自分の違いは、顔は当然だけど、他には背がかなり違う。
根上さんは160cmで、日本時代の松野祐子と一緒。百年前に星が創造された時に、最初から大人として造った人類は、日本人の平均に合わせたというから、偶然ってわけでもない。
ちなみに、星の誕生後に生まれた人類や、百年前に子どもとして造られた人たちの平均は、だいたい五センチぐらい高い。不老不死が保証された期間は、栄養状態が良かったせいでよく育った。
しかし闇の神の端末は、軽く2mを超えていたようだ。松野祐子が混じって、スイカがメロンになるぐらいの変化があったように、身長もかなり縮んで、それでも180以上ある。そんでもって脚長。闇はさぁ、いったいどんな身体してんの……って?
「背が縮んだはずの自分と、闇の背丈が変わらないのはなぜ?」
「なぜって、祐子に合わせただけよ。仲良しでしょ?」
………まぁ所詮は影だし、せいぜい人間っぽい輪郭さえあれば、大きさまでなぞる必要はないのか。それ以上のやり取りは疲れるのでやめておく。
「適当でいいなら、端末のサイズも変えれば良かったのに」
「あーあれ? あれはねー」
どうでもいい独り言のつもりだったが、闇が妙に反応した。
そして白状する。
端末のサイズは、日本でかつて活躍した某プロレスラーを元にしたらしい。つまり、闇の本体をモデルにしていなかった。
「やっぱ神だからさー、大きいといいでしょ? 丈六って感じでー」
「丈六は2mじゃきかないよね?」
「祐子は詳しいよねー」
いや、そんなところで感心されても困るし。結局無駄話してしまった。
なお、時間は止まっているので無駄にはなっていない。ただ、止まる前の会話が思い出せなくなって、周囲と話が合わなくなるだけで。
「さあ祐子様、出掛けましょう」
「何から何まですみません」
「な、な、何をおっしゃいますか! 現人神様に頭を下げられましては」
松野祐子は常識的な人間だったつもりだし、思わず頭を下げてしまう。しかし、そのたびに周囲が動揺するので、さすがに学習しなければならない…のかなぁ。
というか、慌てるギルマスの胸元が危うくて、頭がすぐに上げられなかったのは内緒だ。
ギルマスと自分は、皮鎧の前を結んでいないという共通点があった。もちろん、結んでしまえばとんでもない見た目になって、まるで特殊な性癖の人みたいになるから。
根上さんって、胸だけは全然平均じゃないよね。これが平均だったら、日本時代の自分はまな板どころか凹んでなくなってそう…と、思わず今の自分を見ると、まさかの下半身が隠れて見えなかった。
「これで真っ赤に色塗ったら、祐子様ミサイル二発発射できるんじゃない? いいねー」
「やかましい、あんた何歳なの!?」
「知ってる自分の歳を疑った方がいいと思うなー」
「…………」
周囲には見えない闇と漫才していると、だんだん自分が可哀相な人みたいに感じてくる。さっさと乗ってしまおう。
※マッチみたいなのを挿してバネでとばすんだよなぁ。ということでまだ出発しなかった。