2-4 不人気のポケットティッシュダンジョン
冒険者ギルドの和室。テーブルを挟んで私とギルマス根上さんが向かい合っていて、少し離れてもう一人の職員――冨樫さん――が控えている。
本当はさらに一人(?)、闇の創造主本人が私の隣であぐらをかいているが、その影は私以外には見えないので無視。
まぁ闇も、直接会話する気はないようだ。今まで人類と関わらずにいたのだし、ここで会話が可能になったら、たちまち百年分問い詰められるに違いない。
そう。闇の創造主はこの星を、ゲームの舞台とするためだけに創造した。人類はそんな舞台装置の一部でしかなく、向き合って対話する相手と認識されてこなかった。
「今まで、他の町との連絡はどうしていたのですか?」
「はい。神さまに賜わりました機械でやりとりしておりました。もっとも、時候の挨拶程度ですが」
「機械…ですか」
根上さんの視線の方向に、ちらっと覗いているのは、どう見てもFAXつき電話機だ。念のため、ボタンを押すとどうなるか聞いていたが、ただ音がするだけらしい。
溜め息をつきながら、横でくつろぐ闇を睨んだ。闇は知らんぷりで茶を啜っている。
「祐子様、これからは余所の町のダンジョンに行ってもよろしいのですね?」
「もちろんです。神は…、元々禁止していたわけではないと思います。ただ行きづらかっただけで」
「鉄道がああいう乗り物だとは…。祐子様に賜わりました移動手段があれば、今まで文字でしか知らなかったダンジョンに足を運べます」
「いえ…、私は何も」
神として扱われる自分が神について語るおかしさに、時々気恥ずかしくなるけど、根上さんも、控えている冨樫さんも全く気にしていない。
現人神の向こうに本物の神がいる。その複雑な構図を人々が簡単に受け入れたのは、松野市が一の町だった百年間、町の中心にあった端末のせいだろう。
私と端末の関係だって、地球だったらとてもじゃないが受け入れられるはずがない。神の端末を異世界の人間の魂が乗っ取って、少しルックスのレベルが落ちた現人神に変身しました…って、自分が人間側だったらふざけるなって思う。
「なら関係を断つの? 私と一緒?」
もやもやしていると、本物にツッコミを食らう。
その気になれば私の頭を覗けるけど、たぶんそれをしなくとも伝わっている気がする。
「そんなこと、今の自分に決められないわ」
「祐子は真面目ねー。それと、このお茶マズい」
「好きなもの飲めばいいでしょ!」
「いいじゃない。これでも人類と触れあう第一歩なのよー」
どうせ現人神である限り、居心地は悪いまま。それなら別に、この星の人類が物わかりが良くても悪くても、どうでもいいような気はする。
なお、闇が飲んでいるお茶は、私に出されたものを勝手に複製しただけ。まだ人類と触れあったとは言えないのだ。
「祐子様がもっとすごい神さまになるよう願ってあげる、なむあみだー」
「そんな呪いの言葉要らないから」
西方阿弥陀如来だって、闇に頼まれたら困るだけ。
あー、さっきから話が進まない。バラバラに会話できるほど、松野祐子の頭脳は冴えてないんだから。
とにかく闇の神は、ゲームの舞台装置として人類や動植物を造り、当たり前のように冒険者ギルドも造った。そしてギルドが扱う対象として、資源とモンスターが現れるダンジョンも用意した。
ダンジョンは一つの町につき二箇所。機械的に設置され、闇はその中味には関与していないらしい。
根上さんの説明によれば、階層内は完全ランダムで、下手をすると日替わりで階層が変化してしまう。モンスターも、ドロップするアイテムも、入ってみないと分からないというトンデモ仕様。
日によって変わるのは、全ダンジョンの評価を平等にして、どこかに偏らないようにするため。つまり全ダンジョンの難易度が同じという、これまたトンデモ仕様。
控え目に言って、人気が出るとは思えないが、現に人気がなくてサービス終了したんだから、気のせいではなかったのだろう。
モンスターという特殊生物は、その内部にしか生まれず、不死の条件が適用されるので倒しても復活する。だから百年間、モンスターが絶滅することも、ダンジョンが活動停止することもなかった。
ただ、どんな相手が出て来るのか分からないのはきつそう。
まだ見ていないけど、いろんなゲームから集めて来た可能性が高いモンスターたち。闇の神が、そもそもダンジョンに潜るようなゲームをやったことのないド素人なのは間違いないので、ラスボスのトレインみたいな無茶もありそう。これもサービス終了まっしぐらだ。
冒険者も不死だけど、一体に何時間もかかる相手が集団で現れたら、やる気なくすよね。翌日には別のモンスターに変わる仕様だから、戦ってる途中でリセットされたりする可能性すらあるわけで…。
もちろん、ダンジョンは無限に資源を採集出来る宝の山。それでも、近代都市に変貌しようという現在の松野市では、明らかに浮いた存在だ。
既にゲームが終了している以上、無駄にファンタジーかつクソゲーなダンジョンは撤去、百年間倒され続けてきたモンスターにも退場してもらうべきでは、とも。
「ちなみに、冒険者という職業の者は、何人いるのですか?」
「はい。冒険者は五つの等級に分かれておりまして、すべて合わせて百名ほどの登録者がいます」
「なるほど…」
十三万人のうち百人というのが、多いのか少ないのか。
内訳は、一級が五人、二級八人、最低ランクの五級が半数。そして専業は三十人ほどで、他は農閑期の副業など。そう聞くと少ない。
「貴重なドロップアイテムが得られるのに、そんな人数ですか?」
「貴重なものは滅多に入手出来ません。大半はポケットティッシュですから、割に合わないのです」
「な、なるほど」
ダンジョンでティッシュ? 何だろう、そんなふざけた設定のゲームがあったっけ? 普通は価値が低くともゲームで役に立つものだよね? プレイヤーキャラに鼻かませるゲームなんてないよね?
薄々感じてはいたけど、闇の創造主はこういうゲームの常識がないだけでなく、どことなく小馬鹿にしていると思う。
ゲームのために創世するという非常識な行動は、考えようによっては「誰よりも気合いを入れて制作した」とも受け取れる。しかし、闇にとって星を造るなんて片手間の作業。
誰かに頼まれて、やる気はないけど形だけ用意した結果? うん、その辺がしっくりくる。
「かつては旅人の方もいましたが、一年ほどで来なくなりました。一級の方も多かったのですが」
「旅人ですか。どこから来られたのですか?」
「それが……、どなたとも話が通じませんでした。受付は出来ますし、ダンジョンで活躍されていたことも確認しているのですが、どうしても会話が出来なかったのです」
「ふ、不思議なこともあるんですね」
その瞬間の自分は酷く動揺していたと思うけど、ハイスペックな身体でどうにかごまかした。
うん。
旅人というのは、ゲームでログインした人たちだろう。
一の町は始まりの町だと、闇の神ははっきり言っていた。一方で、この町の人口が飛び抜けて多いし、他の町への交通手段もないから、始まりの町はそのまま最後まで拠点だったに違いない。
だから始まりの町で一級になって、そして恐らくは飽きてやめた。要するに、とんでもない欠陥商品だったわけだ。
……それはともかく、貴重な情報だった。
ゲーム時代があったという認識はないが、ゲームのユーザーが町にいた記憶はある。ただしコミュニケーションは取れない。不思議な体験をしてるんだなぁ。
「なんだか新鮮な感動だなー」
「感動はしないでいい。闇はまだ人類を舞台装置だと思っているの?」
「………祐子は時々抉ってくるなぁ」
創造主が造った端末は、百年経ってもただの人形だった。
だけど人類は違う。
闇はそこで感動するより反省してほしい。
※だんだん不調になってきた。というか、だんだん文字量が増えてる。できるだけ簡単に進めたかったんだが、ダンジョンに行くまでにこんなに長くかかるとは。
2-6でようやく出発予定。2-5を分割しなければ。