2-17 はじめての(不正)ダンジョンクリア
「ねー、祐子ってバカ? 控え目に言ってバカ?」
急に視界が開けて、隣の闇が心底呆れたという声で語りかけてくる。
答える前に周囲を見まわすと、根上さんと与蔵さんは無事だった。呆然としているけど、ケガなどはないようだ。
「良かった…」
「バカな祐子の尻拭いで守ってあげたのよー」
「え………」
だんだん状況が分かってくる。
前方にいた脚長モンスターは消えた。そして恐らく、消えたのはその一体だけではない…と直感で分かる。
「あの…根上さん。階層のモンスターの位置は探知できませんか?」
「いえ、それは……、え?」
私の声で正気を取り戻した根上さんは、変な声を出して、また固まってしまった。
モンスターを探知するスキルは、自分より格上の相手がいた場合は使えず、その層全体がぼやけてしまうという。なのでさっきまで、根上さんのスキルは使えなかった。
が。
今確認すると、階層のすべてが見えて、そしてモンスターは感知できない。
「祐子さぁ、自分の力をなめすぎ」
「そ、そんなことを言われても」
「あれ、普通に星が割れるぐらいの威力はあったからねー」
要するに、あの炎の魔法一発で、ダンジョンの全階層のモンスターが蒸発した…ってこと? 第六位階の魔法だよね? 与蔵さんと同じ…。
「おめでとうございます。たった今、全階層のモンスターが討伐されました。ドロップアイテムは、今から二時間の間保持されます。速やかに回収してください」
「ええっ!」
……そこに無情にも鳴り響くアナウンス。闇の方を見ると首を振ったから、ダンジョン規定の天の声だった。
全階層。
現在いる八十八階層ではなく、それ以外の全階層だ。
「まぁあれよー、私が造ったダンジョンで良かったわー」
「………そうね」
「素直な祐子様は可愛いねー」
「そうね…」
闇のイヤミすら受け入れざるを得ない状況。盛大にため息をつく。
レベル千五百の与蔵さんの真似をしただけ。
しかし、レベル測定不能だった現人神が同じことをすればどうなるか。単純なかけ算でも、恐ろしい結果が予想できたわけだ。
「というか闇、なんで星を壊せるような力をもたせてるのよ! 危ないじゃない!?」
「私の代わりに、何かあったら修復してもらうためでしょー。別に、祐子に星を壊せとは言ってないわ」
「ぐぅ…」
端末という響きで、自分の身体の性能をなめていた。
それこそ、この星に巨大隕石が落ちてくるような事態があれば、それを防いだり修復できる程度の力を、端末は持っている。そして、星の破壊を防ぐ程度の力があれば、逆に星の一つや二つは破壊できる、と。
本体の闇は、星どころか宇宙を破壊してしまうわけで、それに比べればこれでも無力な端末。比較の対象があれだったと、気づいておくべきだった。
「と、とりあえず、この階層だけでも確認しませんか」
「ゆ、祐子様がそうおっしゃられるのであれば!」
二時間の猶予とアナウンスがあったが、あれはアイテムがダンジョンに回収されるまでの時間。階層ボスを倒すと出現する帰還ゲートは、対象者がいれば残っているらしい。
で。
アイテムは一切拾わない。
不本意ながら完全クリア第一号とアナウンスされたけど、自分は人間じゃないからノーカンでお願いしたい。それを主張する意味でも、ドロップアイテムはすべて無視すると、二人に伝えた。
二人は非常に不本意な様子だったが、一応は同意した。
「これは…、四拳脛だそうです。レベル一万」
「ひぃ…」
ただしアイテムをただ無視したわけではない。
それぞれのアイテムには、どんなモンスターからドロップしたかという情報が付与されている。例によってレベル差があれば読み取れないので、私が代表で確認していく。
四の次は五、そして六。六で二万を超えた。ネーミングはいい加減過ぎるし、人類に勝てる強さではない。
「なんかでっかいのがありますね」
「あ、あの……、祐子様はこれをご存じなのですか?」
「知らないわけではないです…ねぇ」
やがて突き当たった大きな広場。その中央にはドロップアイテムと推定される物体が。アイテムと呼ぶには違和感しかない巨大物体。なんと大型のショベルカーだった。
近づいて確認してみると、八束長髄彦、レベルは十万だった。美脚つながりとは言え、安易に合成すればいいって話じゃない気がするけど。
「ドロップアイテムは、モンスターの姿と関係あるのですか?」
「あまり関係はないと思います」
「例えば…、一層のアブは?」
「ポケットティッシュですね」
「はぁ…」
そういえばそういう設定だったっけ。脱力。
さすがに最下層にポケットティッシュはなかった。外れなしは素晴らしいけど、誰も攻略できないのでは意味がないかも。
というか、このショベルカーも二時間後には消える? 無駄にファンタジー。
「祐子さぁ、これってレベル五万が五人ぐらいいればどうにかなったんじゃない?」
例によって当事者意識皆無の闇は、相変わらず適当な発言。
「あのね、百年で五千もいかない世界よ?」
「ゲームなら、レベル上げの手段はあったんじゃないかなー。ほら、デイリーこなしてガチャとかやればいいし、ガンガン課金してくれればねー」
「頭が痛くなるからそういう話はやめて」
リアルな世界で何をガチャって思う。
要するにゲームのシステムは世界の外側にあって、例の旅人たちは、そこでレベルアップができたわけだ。経験値を金で買えばいいから、面白かったら重課金者たちがそれぐらいまで頑張ってくれる…と。
面白くなかった上に、そんな課金者もいなかったという事実の前では、何もかも空しい前提だった。
ともかく、八十八階層だけ確認した我々は、帰還ゲートに入った。
なんだかよく分からないけど、そこにはスイッチもあって、押すとブザーが鳴った。そして、エレベーターのように上昇するのかと思ったら、瞬間移動でダンジョンの入口に着いた。
「ギ、ギルマス!」
「帰れた…」
案内役…だった二人は、命があったことに喜び、私はどうにもリアクションが取りづらい。
でも。
「楽しかったねー、祐子」
「まぁ…」
限りなく自作自演なダンジョン探険も、終わってしまえばいい思い出。些細な失敗もいい思い出。
些細じゃない? 大丈夫。星を造るような創造主の前では、仮に地球が真っ二つになっても些細な出来事。ああ、なんだか現人神が板について来た気がする。
※そんなわけで習作はいったん終了。おつき合いいただきありがとうございました。
いずれ別の話の舞台装置として活かそうと思いますが、現時点では未定です。




