2-15 魔法でも呪法でも
松野市第一ダンジョン、八十八階層で最初に出会ったモンスターは、中途半端な名前の三拳脛だった。
毛むくじゃらだけど二足歩行で、巨大な人間と言えなくもない姿。身長はたぶん十メートルぐらいあって、脚がその半分近いから、スーパーモデル級と言っても過言ではない。
いや、過言だ。
どこかで見たような…と思って気づく。人類の歴史の図の端、アウストラロピテクスがより類人猿寄りに毛深くなった感じ。
「一応聞いておくけど、闇がデザインした?」
「神話の生物をどうやってデザインするのよ。『古事記』にだって何も描写はないし、……というか、それを知ってる辺り、さすが祐子ねー」
「どの辺がさすがなのか分からない」
自分はたまたま、大学でそういう環境にいただけ。いちいち認識を修正するのも煩わしいので、闇との会話は終了。そんなことより今は二人に頼まなきゃ。
「それで…根上さん。彼への攻撃をお願いしたいんですが」
「あ、あの! 絶対、絶対通用しないですよ!」
「まぁ…、どうしようもなければ創造主にどうにかさせますから」
案内役の二人は魂が飛んだままだったので、仕方なく創造主の名を出す。貴方のそばにいるとか言えればいいけど、どうも闇は触れあう気がないし。
その上で、攻撃が通るかどうかはさておき、一度それぞれが得意な方法でやってほしいと改めてお願いした。すると二人からは、一つ要望が出た。
「なるほど。向こうが攻撃してこないならってことですか。それなら…、拘束してみればいいでしょうか?」
「あの…祐子様、このモンスターを拘束できるのですか?」
「やったことありませんが、まぁ…恐らくは」
信じられないという顔で見つめられても困る。松野祐子も信じてない。でも、この身体は、それぐらい簡単にできると主張している…気がする。
とりあえず、根上さんに拘束の呪文を聞いてみる。方法はいろいろあるらしいけど、教えられた呪文を真似するのが一番簡単そうだし。
「祐子様。私にできるのはこれだけです。申し訳ありません」
「土下座する元気はあるんですね…」
呪文は「万物を統べる神よ、かの者を拘束せしめたまえ。急急如律令」、それが拘束の魔法レベル三らしい。急急如律令って、この世界に律令なんてないのに。
仕方なくその通りに唱えてみる。
目の前の巨人は、そもそも攻撃する素振りもなかったけど、唱えた後も相変わらず攻撃する様子はない。成功したのかもよく分からない。
「まぁ、成功したかはともかく、動かないですから今のうちにお願いします」
「え、ええ…、分かりました」
何かを諦めたような表情で、根上さんは同意した。
ちなみに、さっきの拘束魔法の見本は、一応はあれに向かって放ったらしい。効果はなかった…のだろう。
まず与蔵さんが、震える手で槍をつかんだ。
何しろ十メートルの巨体が立っていられる場所なので、長い槍も全く問題ない。悲壮な覚悟を決めた表情で走り出すと、大きな叫び声とともに大蛇矛を振り下ろした。
―――――足元に。
三メートルの長さがあっても、実際に届くのは巨大な敵の膝辺りまで。まぁ脚が長いのが売りのモンスターだし、そこまで届いたと褒めるべきなのかも。
「魔法は使いませんか?」
「は、はい、やってみます!」
モンスターには傷もついていない。五倍に近いレベル差があると、全く攻撃が通らないことははっきりしたけど、与蔵さんはさっきより落ち着いている。
ただしモンスターの反撃もないので、拘束は効いている。それが確認できたので、二人とも少し安心したのだろう。
そういうのって、いわゆるフラグってやつだと思う。普通なら。
「炎よ怨敵を焼き尽くせ、オンアビラウンケンソワカ」
「えぇ…」
なぜ大日…と思う間もなく、与蔵さんの少し前の辺りに炎が出現する。
「カーッ!」
振り上げた腕を敵に向かって振り下ろすと、炎は勢いよく的に当たった。おお、いろいろツッコミたいけど、とりあえず魔法だ。すごいすごい。
…………。
敵は無傷だった。見た目は丸焼きができそうだったのに。
「すみません、お役に立てません」
「何を言ってるんですか! 格好良かったです!」
「そ、そ、そうでしょうか」
ちなみに、自分の身体は今の魔法を憶えたようだ。どういう仕組みか分からないけど、使えるという感覚がある。
もっとも、ダンジョンの魔法は元からそういうものらしい。この星にいない如来様にお願いするのも、そのように唱えろと頭の中に叩き込まれたからだという。
「もしかして、……臨兵闘者とかいうのは?」
「祐子様! それは第七位階の魔法で唱えます。現在知られている最高位階ですが、なぜそれをご存じですか!?」
「いえ、ちょっと…」
時代劇の知識とは言えず、口を濁す。
松野祐子が、余所の世界からやって来たことはみんな知っている。だから、隠す必要はないのだが、誰だって公にしたくない情報の一つや二つあるのだ。
それにしても、横文字を徹底的に排除しているのに驚く。その代わりテクマクマヤ…とかはあって、再び二人に問い詰められたけど。そんなものを使うぐらいなら黒魔術とかで良かった気がする。
その後、根上さんの演武の順番になった。
演武と呼ぶのは失礼? と言っても、全くダメージが与えられないと分かっているのだし、私にやり方を披露する以上の役目はない。根上さんの槍さばきはとても格好良かったし、敵を凍りつかせるという第七位階の魔法は、黒ずくめの忍者を思い出した。戦えば必ず勝つ、とか言い出しそうで。
「それで…、第六位階がアビラウンケンだとすると、そこをリンピョーに変えれば第七位階になったりしませんか?」
「祐子様、それはできません。魔法の呪文は、スキルの獲得と同時に頭に入ってきます。獲得しているスキルに応じた呪文しか受け付けられないのです」
「なるほど、さすがに不正は許されないのですね」
そりゃそうか。第七位階がリンピョートーシャだという情報は伝わってるだろうし、抑えがなければ全員第七位階を唱えるわけで。
ということで、松野祐子が憶えたのは、炎の魔法第六位階と氷の魔法第七位階。憶えたと主張しているし、さっそく実行だ。
「魔法使いマジカル祐子様ねー」
「せめて様は取りなさいよ」
町を改造して鉄道を整備した時点で、とんでもない大魔法使いになっていたはずだけど、あれはあれ。
 




