2-13 一年生の遠足はダンジョンで
※ようやくダンジョンに入ったぜ。長かった。
松野市第一ダンジョンの入口に着いた三人。ギルマス根上さん、ムキムキ八十歳青年の与蔵さん、そしてダンジョン初心者の自分。隣にはもう一人、ダンジョンの創造主が闇の姿で浮かれている。
ああ、浮かれているよね? 影しか見えないのに、さっきから上機嫌だよね? なんだか腹が立つけど、自分も浮かれているから何も言えない。
だってそうじゃん。ゲームみたいに冒険者の格好で、冒険者の武装して、冒険者が潜るダンジョンの前にいる。こんな非日常、どんな遊園地のアトラクションよりリアルな体験があっていいの?
「では祐子様、ダンジョンに入るにあたって、職員からの注意事項の説明になります」
「は、はい! よろしくお願いします」
職員の顔に戻った与蔵さんから説明がある。
ダンジョンの階層については、冒険者ランクに応じて許可される階層が変わること、モンスターとの戦闘では、当然ながら命の危険があること、ドロップ品の扱いについてギルドは関知しないこと…。
「ドロップ品を奪い合うこともあるのですか?」
「あの…、旅人が来られていた時期にはよくありました。なかには強奪専門という方もいまして」
「ずいぶん物騒だったんですね」
「あ、あの、今はいないと思います。それに今日は、常連の二人組しか入ってないそうですので」
旅人だけがそんなことをした…というのは、奪い合いがゲームのシステムに組み込まれていたのだろう。相変わらず悪意しかない設定。
どうせゲームだし、旅人にリアルな死はない。だからって強盗ばかりになったら、真面目に潜って戦う人なんていなくなる。廃れるべくして廃れたってことだ。
ダンジョンの入口は、玄武岩と思われる岩肌が露出していて、そこにぽっかり穴が開いている。思ったよりも自然な見た目で、冗談のような空間が奥に広がっているようには見えない。
その狭まった場所には扉がある。何と自動扉。
「仮にモンスターがここまでやって来ても、反応しないので外に出ることはできません」
「意図的にモンスターを持ち出すことはできますか?」
「できません。扉をくぐる間に消えてしまったという話を聞いています」
「へぇー」
過保護な創造主が、ダンジョンというゲーム空間を封じ込めるために造った扉。その意味では、この扉は地球の技術力でも決して再現できないものだろう。
茅葺き屋根に「第一ダンジョン」ってゴシック体で書かれた看板が掛かっている時点で、何もかも台無しだけど。
何というかさ、ダンジョンに料亭要素は要らないと思うのは私だけ? それ以前に、料亭にゴシック体はない。
そうして四人で内部に立ち入った。
入ってすぐの壁に「第一階層」と書かれた看板が立っている。目の前の空間は、天井がやたら高い。しばらく直線に道が続いているようだ。
「看板は第五階層まで設置しています。第二階層までは、学校の遠足にも使われていますので」
「え、遠足でダンジョンですか?」
「はい。子どもたちには人気があります」
根上さんは自慢げに話すが、聞かされるこちらは萎える。ダンジョンはアスレチックか何か? モンスター出るんだよね?
「あ、モンスターが現れました」
そこに、与蔵さんの気の抜けた声が聞こえてきた。
何の緊張感もない指摘に、それでも私と闇は緊張した…と思う。
「闇も初めてなんでしょ?」
「あったりまえじゃないの。もうねー、るんるんバスパンチで倒してやるってのー」
「やめて恥ずかしい」
何なの、その虫も殺せなさそうなネーミングは。というか、そんなことよりモンスターは?
モンスター、どこ?
「祐子様、こちらが第一階層に現れるモンスター、ヤブアブです」
「ひぃっ…」
あの…、モンスターって何だっけ?
ヤブアブという名前の物体は、はっきり言えばアブだった。アブの腹が大きく縞模様が入っていて、脚に毛が生えている。どことなくヤブ蚊の要素が混じっている…つもり?
思わず闇に詰め寄ると、ハエたたきのような何かを振り回していた。ちなみに、ハエたたき状の闇が動いているというのが正確な姿。
「アンタにゲームを作る才能がないのはよく分かったわ」
「モンスターまでデザインしてないってのー」
闇は、いろんなゲームなどからボスモンスターの知識を集めて、それを再現するようにした。その代わり、数合わせ程度の雑魚モンスターは、出会いたくなさそうな者なら何でもいいという感じで、虫もあれば妖怪もあるらしい。
「一応ねー、人間っぽいのはできるだけ外したのよ。人殺しみたいで嫌でしょー」
「ま、まぁそこは同意するけど」
ダンジョン内のモンスターは、生物ではないことになっている。そう。生物ではないから討伐できる。
そこに人型モンスターの類を混ぜてしまったらどうなるか。
やっぱり議論になって、そして保護する方向に向かうよね? モンスターを救えとかいう話になるよね、たぶん。
人生初モンスターのヤブアブは、背中にとまるので、ダンジョンでは背中を露出しないようにと、学校の先生から注意があるという。
背中以外には止まらないし、攻撃というのは地球のアブが刺す程度で、命に関わることはない。その代わり、倒すとポイントが入る。
「レベル1から2に上がるのに100ポイント必要です。ヤブアブ一匹で5ポイントですから…」
与蔵さんはちゃんと仕事をして偉い、思わずそんな感想が漏れる。おかげでダンジョンの中で土下座騒ぎになった。
ダンジョンの中はゲーム的なレベルやスキルが適用される。そしてモンスターは、そんなゲームのために用意されている。だからヤブアブでポイントがたまるのは理解できる。できるけど、隣でハエたたき――アブたたき――してる闇がポイントを稼ぐと、やっぱり思う。ダンジョンって何?
「あれ、色が違うのは別種ですか?」
「祐子様! あれは変異種です。針が二本ついていて腕も刺しますが、ポイント四倍です!」
「えぇえ…」
これ以上萎えさせないで…と思った次の瞬間、視界が途切れた。
な、何?
「祐子も退屈でしょー?」
「え?」
真っ暗になったのは一瞬で、再び目の前に―――、何?
「は、八十八層!?」
根上さんの、聞いたことのないような叫び声が反響するダンジョン。うん、間違いなくここはダンジョン。やりやがったな。
※ゲームのモンスターでも、ハエやアブみたいな雑魚はいる。カメムシやゴキブリやムカデが跋扈するダンジョンも、奇をてらったわけではない。
そして、ゴブリンみたいな人型モンスターを、異世界だから平気で殺せる世界観は、正直理解出来ないのよね。王侯貴族がいる世界で、貴族にとっては農民とゴブリンの区別なんてつかないと思うのよね。
 




