2-12 ファンタジーに合理的なシステムを持ち込むな
とりあえず周囲の視察を終えて、西部劇風の事務所に入る。内部は相変わらず時代劇風。要所要所に日本語の文字があるから、そう見えるのかも知れない。
どっちも木造だし、似たようなものって言ったら暴論? 所詮はセット同士の比較だよね。
中に冒険者の姿は見えない。元々の数が少ないし、そもそも昼近くになって、今ごろ事務所にいるわけもないだろう。
「よ、ようこそいらっしゃいました祐子様!」
「い、いらっしゃいませーっ!!」
二人しかいない職員が大声で出迎え、そのまま飛び出して来て土下座した。あぅ…。
「す、すみません。今日は皆さんにご足労かけます」
「ああ祐子様、なんと勿体ないお言葉を」
いや、根上さんは今さらでしょ? 何一緒に土下座してるの? 今日何回目の土下座?
思わず土下座禁止の詔を出しそうになって、ぐっと耐える。
口にしたら大変、隣の邪悪な闇にやられてしまう。
「邪悪な闇って誰のことー?」
「闇が土下座するな!」
ああもう話が進まない。闇とのコントの時間は周囲に見えないからまだマシだけど。
いかにも現場の職員っぽい服装の二人――とギルマス――に立ち上がってもらい、気を取りなおして事務所の視察となった。
職員は男性二人で、どっちも渋谷さんなので、下の名前で呼び合っているらしい。
いや、それは当たり前なんだけど―――。
「事務所長の五郎兵衛と申します」
「職員の与蔵と申します」
マジで時代劇だよね? どうなのこの名前!? ねえ、隣の命名主!?
「定食がおいしそうねー」
「話を逸らすな。自分の趣味で人類を染め上げた感想は?」
「格好いいじゃーん? というか、ちゃんと選択肢は用意したのになー」
「………」
闇がサンプルで残した名前には、古くさいものが多かった。ただ、本人が言い訳するように、大半は近代に入ってからよく使われた名前だったと思う。祐子も含まれていたし、ランダムに選べば時代劇の世界にはならなかった。
で、五郎兵衛さんは百三歳なので、星と同時に生まれている。ランダムに選択された結果で、闇の悪意の被害者だ。
しかし短髪ムキムキの若者、与蔵さんは八十歳。この星の親から生まれたことになるから、誰かに名付けられた。きっと両親の名もすごいんだろうが、あえて聞く勇気はない。
「ここの職員さんはお二人だけなのですか?」
「いえ、あと三人おります」
聞くと、ギルド職員はパートを含めて十数人いて、松野銀座の本部とここ、そして第二ダンジョン事務所でシフトを組んでいるそうな。ギルマスの根上さん以外は固定されず、そして三ヶ所とも二十四時間誰かは待機しなければならない。結構なブラック職場だ。
二人待機の時は片方が仮眠をとれるし、暇な職場だと根上さんはフォローするけど、拘束されるのは変わらない。それを百年続けてるってどんなブラック…。
「要するに、もっと人類が必要だったってことねー」
「口にしたくないけど、そうね」
「頑張って、祐子」
「何を!?」
人間を産業ロボットみたいに増産する感覚が受け入れられないけど、否定はできない。近代文明を再現するには、とにかく人数が必要だ。
ありあまるほどの消費者も、支える生産者も足りないこの星で、線路を造っても運転する人数すら確保できないのだから。
で、その貴重な人員の与蔵さんも、私のダンジョン視察に同行するらしい。現人神様が危険なダンジョンに潜られるのに、職員の随行がギルマス一人では心許ない…と。
隣に創造主がいるから大丈夫…とも言えないので、そこは受け入れるしかない。まぁ事務所は死ぬほど暇で、実際には二人とも同行を希望したぐらいなんだけど。
そうして案内された事務室は、特筆するようなものもなく、そのまま奥の区画へ。問題のあれの場所だ。
入口のスペースより広い部屋には、窓口がある。
「ここで武具の受け渡しを行います。基本的には申請書類に記入して、窓口に差し出します。すると確認の上、右側から出て参ります」
「ははぁ………」
与蔵さんの言葉が途中から聞こえづらくなったのは、歳のせいではない。
簡単に説明しよう。
窓口はセルフの食堂のような形で、ただし対面するのは人間ではなくFAX電話機。その送信用の差し込み口に書類を突っ込む。既に疲れてきたが、正直言えばまだマシ。電話機はギルドでも見たわけだし。
そう。申請が通って武具が出てくる場所。それは空港にあるベルトコンベアのあれだ。ちなみに、返却の時は書類をつけたままベルトコンベアに置けば、そのまま奥に消えて終わり。何だろう、まだ自分の身体が理解を拒んでいる。
「では私がやってみますので御覧ください」
根上さんが書類に書き込んで、FAX送信する。なお、申請書類は日付と名前を書き込むだけの簡単なものだった。
こんなもので何を…と思う間もなく、ベルトコンベアが動き出す。そして、奥からタグのついた武具が流れてきた。
なお、根上スエさんだった。見るんじゃなかった……。
「これが私の装備です」
「根上さん、ずいぶん長い槍を使うのですね。洞窟ですよね?」
「祐子様、ダンジョンの中は広いのです。それに…」
根上さんが持ち上げたのは、黒光りする柄の槍。どこかの城の見学で見たやつより立派に見える。
が。
彼女が何かを唱えると、次の瞬間には姿を変えた。柄がなくなって、日本刀のような形に。すごい! この星に来て今まで一番のファンタジーって気がする。
「こ、この変形は魔法を使うんですか?」
「すみません祐子様。どのような理由で変わるのかは全く分かりません。この武器はダンジョンでドロップするものでして…」
「名前はあるんですか?」
「はい! ドロップする時に分かりましたが、赤影青影です」
「え……」
やってくれるじゃねーか。思わず闇に向かって蹴りを入れたが、闇は例の大丈夫で返してきやがった。シルエットでもそれと分かるのが悲しい。
「そんな古いネタを知ってる自分は悲しくないの? 祐子さまぁー」
「うっさい」
だいたい、刀になる槍のどこに忍者要素があるんだ。おかしいでしょ…とツッコミを入れずにいられない。大丈夫、松野祐子の中身は間違いなく二十代だから。
続いて与蔵さんの武具一式が流れてくる。今度も長い柄、先端は槍というか、ねじれた感じの刃がついている。
軽く三メートルはあるだけでなく、与蔵さんのヤツは柄も金属製だ。自分には持ち上げるのも無理っぽい。
「よ、与蔵さん。その名前は…」
「はい、大蛇矛です! これがドロップした時は興奮しました!」
「そ、それは良かったですね」
何だろう、某有名な歴史小説のヒゲ面の人が思い浮かんだ。あれより大きいのかな。元のサイズが分からないので困る。
というか、これが突き刺さったら抜けなくなりそう。敵に囲まれた時には使えないような。
与蔵さんはその大きな武器を、軽々と持ち上げて構えてみせた。
ちなみに、ファンタジー金属のオリハルコン製らしい。オリハルコンはダンジョンからドロップするだけで、しかも一切の加工ができない。まぁそうやって、リアルとゲームを切り離しているんだろう。
「重くないのですか?」
「レベルが上がれば、相応の武器を持てるようになります。この武器はレベル千百を超えると持てます」
「つまり、許可されれば重量に関係なく持てると」
「そういうことになります。祐子様もお試しになりますか?」
そう言って与蔵さんが壁に立て掛けた大蛇矛は、180センチはある大男が遙かに見上げるほど。持てる気がしない。
ああでも、今の自分はその与蔵さんより背が高かった。別に身長と力には何の関係もないのに、ふと気づいて気が重くなる。
触れてみたオリハルコンの柄は、普通に冷たい。見た感じはステンレスに似ているし、そもそも地球にそんな金属はないので、どういうものか分からないけど…っと。
あれ?
「軽い?」
「おお、さすが祐子様」
「ああ勿体ないお姿!」
当たり前のように、私は大蛇矛を持ち上げて、軽々と上にかざした。
たぶん重量は百キロ以上あるはずなのに、味噌汁椀をもつぐらいの感覚。これがレベルで許可されるってことなの?
「バカな祐子のために教えてあげる。貴方の身体は特別だって」
「……そういうこと?」
「そういうこと」
闇が造ったこの身体――各町に設置された端末――は、百年間立ったまま微動だにしなかった、文字通りの置物だった。そんなものの特別さなんて知るわけない。うん。
目をそらしているだけ。
その後、私が使う武具一式も申請。スキー場みたいにレンタル可能で、ベルトコンベアを流れてきたのは標準型日本刀、標準型籠手、標準型くない三本セット。何となく最後だけおかしい。
まぁどうせ自分はド素人、どんな武器でも使いこなせない自信がある。それに、どちらかと言えば期待しているのは魔法だ。
そう。ダンジョンの中ではいろいろ使えるという魔法。根上さんに披露してもらって、可能なら自分もちょっと真似してみたい。
そんな物見遊山の気分で浮かれていた時期が、自分にもありました。
とさ。




