2-10 第一ダンジョン町と土下座文化
第一ダンジョンへの道を進む馬車は、やがて立派な石造りの橋を渡る。橋の欄干にはちゃんと名前が彫ってあって、それは「一の町第一ダンジョン入口橋」と書いてあった。酷い名前だった。
「この川には名前があるのですか?」
「はい。第一ダンジョン川と呼ばれています」
「そ、そうですか…」
思わず反射的に、隣の闇の創造主を睨みつけてしまった。誰だって呆れるでしょ。
もっとも、闇は何食わぬ顔でその辺の石を拾って投げ込んでいる。黒一色の影なのに「何食わぬ顔」と分かってしまう自分が悲しい。
無視だ、無視。前触れもなく石が飛んでくることに驚いた様子の根上さんに話しかけることにする。
「…せっかくの清流に、ふさわしい名前があるといいですね」
「そ、そうでございますね祐子様! で、ではやはり!」
「祐子川だけはやめてください」
「……そ、………そうでございますか。祐子様川は…」
「もっとダメです」
冗談にならないので自分の名前だけは否定したが、一応これも神の詔だ。おかしな名前は変えていい。祐子様川がダメという部分も詔だ。
睨みつけた時には知らんぷりだった闇は、今の詔だけ拡散したようだ。全世界の神の端末から私の声が反復され、その音がエコーのように私の頭に響く。響くのは、神の端末が自分の支配下にあるからだけど、端末に指示を出すのは結局闇ばかり。そりゃそうだ、自分も闇の支配下にあるんだし。
「祐子を支配下にしたつもりはないなー」
「どの口が…」
「貴方と私は同じ神なんだから、命令は共通するってだけねー。それに、私は端末を使う方法を知ってて、祐子は知ろうともしない」
「だからそれを減らず口って言うのよ」
……要するに私に神の自覚がないから、先輩神が代行してるって設定? その設定を受け入れるのは難しい。
松野祐子の身体は、神の端末の一つだった。いや、過去形ではないだろう。与えた側と与えられた側は、どう考えたって平等じゃない。だって、闇が姿も名前も隠している状況に、私は何もできないのだから。
その事実をリアルに突きつけられるから、思わずため息が出る。
もちろん、望んでも手に入らないハイスペックな身体を無料で手にしておきながら、与えた主に文句を言ってる。自分の不満が贅沢というか理不尽なのも自覚している…つもり。
橋を渡って少しだけ坂を上った先は、広葉樹の森から一気に視界が開けた。目の前には久々に人工物が見える。
「祐子様、ダンジョンの入口に着きました」
「あ、はい。ありがとうございます。斎藤さん、お疲れさまでした」
「は、は、はぁっ!」
馬車から降りて声を掛けると、御者の斎藤さんは慌てて降りて土下座してしまう。
……現人神は辛いよ。だから安易に声も掛けられない。
しかも土下座はきつい。いくら日本がモデルって言っても、こんな所まで持ち込まなくて良かったのになぁ。ねぇ!?
「土下座も文化の一部って思わない? なんなら私もしようか? ゆ、ゆ、祐子様ぁーって」
「文化なんて呼べるものなの?」
神明明神の一号二号みたいに、闇の神の仕事はいい加減だ。土下座とか居酒屋コールとか、およそ文化の名に値しない部分しか持ち込まれていない。結局、飢えて死ななければいいという感じで、最初からまともな文化を持ち込む気なんてあったとは思えない。
―――だからって、文化はコピーして済む問題でもないけど。
どんなにコピーで物を揃えても、この星に歴史がないことだけは変わらない。
まぁ、百年の呪縛が解けて、これから作られていくんだろう。自分にできることは、あちこち残ったままの呪縛を解き放っていくぐらい……って、現人神らしい台詞は吐きたくないなぁ。
※更新再開。いちおう16まで書き溜めているので、修正しながら順次更新予定。




