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マレディツィオーネは死にました。私はそれを思い出しました。私は彼女の葬儀にも出たのです。
どうして忘れていたのでしょう。
どうしてずっと彼女の姿が見えていたのでしょう。……私は本当に頭がおかしくなっていたのでしょうね。
もしマレディツィオーネが生きていたら、どこかの貴族の家へ養女に出すまでもなく、正式に父が我が家の娘にしていたことでしょう。
父は実の娘の私よりも、連れて来た女性の連れ子のマレディツィオーネを愛おしんでいましたもの。
自分と血のつながらない、カルーゾ侯爵家となんの関係もないあの子を。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「エウジェニオ王太子殿下との再構築は不可能だったのか」
「はい」
あの日、アルトゥーロ殿下に付き添われてエウジェニオ殿下の元へ戻った私は、これまでずっと彼に絡みつくマレディツィオーネが見えていたことを告げました。
頭のおかしい女は王太子妃にはなれません。
マレディツィオーネを見つめる私の視線の異常さに気づかれていたようで、エウジェニオ殿下も国王陛下ご夫妻も再構築を諦めてくださいました。
そして今日、私は王都のカルーゾ侯爵邸へ戻ってきました。
事情を報告しながら、どことなく顔色の悪い父を見つめます。
マレディツィオーネの母親との荒淫で体を壊してしまったのかもしれません。父はあの女性が大好きでした。
家の中にマレディツィオーネの母親の姿はありません。
あの子の死後、我に返ったエウジェニオ王太子殿下の調査であの子が周囲の多くの男性と関係を持っていたことがわかりました。
そして、その男性達に命じてさまざまな悪事をおこなっていたことも。王太子の恋人であることを利用した公金横領や気に食わない女性への暴行などです。
私に冤罪を着せようとした件はエウジェニオ殿下に庇われてなかったことにされていましたが、殿下の気持ちが冷めた後で発覚した件では庇うものもなく、母親が被害者への賠償を命じられました。
カルーゾ侯爵家が醜聞に巻き込まれるのが嫌だったのか、自分まで賠償させられることになるのが嫌だったのか、父はあの女性を追い出しました。人の心は、想いは簡単に変わるのです。
その後彼女がどうなったのかは知りません。
「これからどうする気だ、ジェラルディーナ」
「カルーゾ侯爵家は予定通り分家の方が継ぐのですよね?」
カルーゾ侯爵家の後ろ盾のなくなったエウジェニオ殿下は、これまで通り王太子を続けられるのでしょうか。
いいえ、大丈夫ですわね。マレディツィオーネとその母親を連れてきた父だって、罰を受けることもなくカルーゾ侯爵を続けているのですから。
政治的な理由があったとはいえ、ひとり娘の私が王家に嫁ぐ予定だったこと自体おかしなことだったのだと、心の中で思いながら言葉を続けます。
「私は侯爵家と縁を切っていただき、平民としてひっそり暮らそうと思っています」
「……そうか」
住む家は王家が用意してくれました。辺境にある王領に建てられた小さな家です。
生活費も王家が出してくださるそうです。
たぶん、私は死んだことになるのでしょう。侯爵家の令嬢が王太子殿下に婚約破棄されておかしくなっただなんて、だれにも知られてはいけません。
心は、不思議と落ち着いています。
学園でエウジェニオ王太子殿下に絡みつくマレディツィオーネを見たときや卒業パーティで婚約破棄されたときは嫉妬と憎悪で頭がいっぱいになって吐き気を覚えていたのですが、それももうありません。
マレディツィオーネは魅力的な少女でした。
彼女に道具として使われ悪事に加担させられていた人々は、彼女ではなく私のほうが消えれば良かったのにと思っていたことでしょう。
彼らのお望み通り、カルーゾ侯爵令嬢ジェラルディーナはいなくなります。