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エウジェニオ王太子殿下の手を振りほどいて逃げて、私は中庭の片隅で低木の陰に隠れました。
幼いころ王宮へ来て、かくれんぼをしたときに何度か隠れたことがある場所です。
あのときは殿下に見つけていただくのが楽しみでたまりませんでした。でも今は見つけられたくありません。どうせ殿下はマレディツィオーネと一緒に来るのです。
吐き気がします。
再構築のために王宮へ来てから、何度吐いたかしれません。たぶん一日に一回は吐いています。
仲睦まじい殿下とマレディツィオーネを見ていると食欲も失せたので、最近はもう吐くものもありません。ごめんなさいと呟いて、低木の根元に胃液を吐きます。それでも吐き気は収まりません。
「……大丈夫、ジェラルディーナ」
聞き覚えのある声に体が硬直します。
ですが幸いなことに、声の主は殿下ではありませんでした。
王子様に違いはないのですけれど、第一王子にして王太子のエウジェニオ殿下ではなく第二王子のアルトゥーロ殿下です。私達よりひとつ年下で、去年学園を卒業したとき私に求婚してくださいました。声だけでなくお顔もとてもエウジェニオ殿下に似てらっしゃるのですけれど、私は彼からの求婚をお断りしました。
婚約破棄されようと、極悪非道の毒婦と罵られようと、私はエウジェニオ王太子殿下を愛しているのです。
この愛は永遠に変わらないのです。……本当にそうでしょうか?
母を愛していたはずの父がマレディツィオーネの母親を我が家に引き入れたように、幼いころから婚約者だった私をエウジェニオ殿下が罵ったように、愛など幻ではないのでしょうか。人の心は、人の想いは、簡単に移り変わるものではないのでしょうか。
私の気持ちだって──
「っ! も、申し訳ございません、アルトゥーロ殿下。私……私、は」
「無理に話さなくていいよ」
そう言って、アルトゥーロ殿下はハンカチを渡してくださいました。
飽きもせず流れ落ちる涙を拭って気がつきます。
「これは……」
「ふふっ、気がついた? そうだよ。昔、兄上に贈るハンカチの練習で僕の名前を刺繍してくれたハンカチだよ」
「まだお持ちだったのですね」
「捨てるわけないじゃない。僕は君が好きなんだから」
「去年の求婚は……」
「ああ、ちゃんと断られたって理解してるし、無理矢理迫るつもりもないよ。ジェラルディーナの兄上を好きな気持ちが変わらないように、僕も君が好きなだけ。ありがたいことに、今のところ縁談もないしね」
王家の次男でありながらアルトゥーロ殿下には婚約者がいらっしゃいません。
幼いころ病弱だったため、成人するとは思われていなかったのです。
「……ありがとうございます……」
「え?」
「ふふっ。私なんかを好きだと言ってくださるのはアルトゥーロ殿下だけです。エウジェニオ王太子殿下はもちろん、実家の父にとっても私は不要な存在ですから」
「そうかな」
「不要どころか、今度こそ処刑されてしまうかもしれません。二年前、冤罪を晴らしていただいたのに申し訳ありません」
「え? なにがあったの? 僕はジェラルディーナと兄上のお茶会に混ぜてもらおうとして歩いてたとき、君を見つけただけなんだけど」
少し悩んでから、私はその言葉を口にしました。
「……エウジェニオ王太子殿下のことを頭がおかしいと言ってしまいました」




