優雅なカフェタイムに魅せてあげましょう
相手に弱みを見せるな。
されども、自分をよく見せようとするな。
相手から値踏みをされたときに怯むな。
されども、自分から相手を値踏みするな。
涼音は常々そう習ってきた。
今、目の前にいる人に対しても同じことが言える。たとえいつもの社交界ではなくてもここは試合会場。
さっきの年下の少年との勝負でも決して弱みを見せなかった涼音だが、それ以上にこの勝負は緊張していた。それは対戦相手である目の前の男性のせいだ。うわさには聞いていた人だ。しかし、こうやって戦うのははじめてで、ワクワクというよりもドキドキしている。
いつもの癖で紅茶カップを置くように静かに山札を置くと、相手も山札を音を立てずに置いてきた。そしてまるでトランプで遊ぶかのようにきれいな扇形に手持ちの札を広げ、デッキに並べていく姿は本当に王侯貴族のようだ。
普段のマナーなんて忘れてついうっかり、目の前の人を値踏みするように見てしまった。
「どうかしましたか、レディ」
「いえ、申し訳ありません。まさか本当にホイットニー銀行の次期CEOが歴史オタク、と称されてもおかしくないカードゲームに参戦されているとは思いませんでした」
目の前の男性、ルドルフ・ホイットニーは涼音の視線に気づいたらしく、爽やかに尋ねてくる。もちろん内心では不快に思っているだろうが、それをおくびにも出さないところはさすがは、といったところだろうか。
素直に謝罪し、本音を言った彼女にそれは褒め言葉ととらえていいのかな?とウィンクする姿はすでにモテ男というよりも天性の気質といったところだろうか。あくまでもその姿勢を崩さない彼に、涼音はこんなところで上流階級の作法なんて通用しませんよと言いたくなったが、まるで自分に言い聞かすようだったので、グッとこらえた。
その代わりに少しだけ呆れたような顔でお好きなようにとだけ言っておいた。すると、クスリと笑った彼はそういうあなた、相原涼音嬢も参戦されていますよねと問いかけられた。
なぜたかが小さな町にある会社の社長令嬢ごときを知っているのか、問い詰めたくなったが、それを質問するには場所が悪かった。諦めて彼の思いのままに話すことにした。
「なぜとお尋ねしてもいいでしょうか」
なんだ、そんなことか。
涼音も彼女の大学の友人である美香も少し特殊な環境で育っている。
「そうですね。私にとってこのゲームは勉強であり、遊びです。息抜き程度にやったらちょっとハマりすぎてしまったというところです」
けれども、決定的に違うところがある。
美香はその境遇に甘んじているだけだけれども、涼音はその境遇さえも楽しもうとしている。
幸いにも彼女はすべての勉強をしたうえでこのゲームにのめりこんだうえ、親戚の男子がこのゲームにハマっていたので、親戚も涼音がこのゲームにハマることをとやかく言うことはなかった。
「おや、奇遇ですね。同じく僕もこれが勉強だとは思えないんですよ」
「じゃあ、気の合う者同士、存分に戦いましょう」
てっきり否定されると思った涼音だが、ルドルフは涼音の在り方に理解を示してくれた。菓子を手にするかのように柔らかい手つきでカードを持ちながら、お手柔らかにと微笑んだ涼音。
* * * * * *
最初のフェーズはどちらの攻撃も入らず、すべてのカードが生き残っていた。その結果、補充タイムではどちらもせずにそのまま次の攻撃に入った。
第二フェーズでは涼音が始皇帝の特殊スキル『焚書坑儒』によって双方の青属性と黄属性のカードを一掃した。その後のルドルフの攻撃では天智天皇『血まみれの国改革』によって自身以外の皇族・王族カードを退場させた。
「結構えぐい手を使ってくるね」
カードを二枚補充しながら、歌うようにルドルフがそう呟いた。あら、そうでしょうかと涼音は首をかしげる。
たしかに始皇帝の通常スキル『皇帝となった王』を使った方が攻撃、防御のバランスがとれる。涼音の使った特殊スキル『焚書坑儒』は一度きりしか使えないうえ、しかも自爆行為にもつながるので、最初の数フェーズでは普通は使わない。
ルドルフの指摘にそれは買いかぶりですよとニッコリ笑う涼音。
「そういうルドルフさんこそ。こちらの残りは二人だけになってしまいました」
涼音からの文句に再びウィンクするルドルフ。
天智天皇の通常スキル『庚午年籍』では全体の戦力を均等化したうえで、相手側全体にその一・五倍の攻撃を行うという普通のスキルだ。しかし、こちらもまた、双方のデッキ上にあるカードを退場させるという厄介な特殊スキルを使ってきた。
涼音の手元には最初のフェーズなのに残り二枚しかなくなってしまった。困った顔をしたが、反則ではない以上、試合は続行される。
涼音はどうやったら挽回できるか、頭を巡らせていた。
第二、第三、第四フェーズはどちらも相手のカードも四枚ずつ退場させて、涼音のカードも立ち直ってはいないが、初手ほどの運のなさは挽回していた。
第五フェーズ前のカード補充。
相手のデッキにはまだジャンヌ・ダルク、岳飛、平将門といった攻撃力、体力ともに優れたカードがそろっている状態にもかかわらず、今、手元には恵灌、道昭、良弁、以仁王、韓非、山上億良、ミュンツァーとどれも単体だと攻撃力や体力がないN、HR、Rカードしか残っていない。
しかし、そのデッキ上に残っているカードと山札の枚数を確認した涼音はそろそろ使わせていただきましょうかとぼやく。迷わず韓非と以仁王、ミュンツァーの三枚を捨て、手持ちの一枚を上に引き上げたうえで、山札から二枚引いた涼音はそのカードに書かれた名前を見ておもわず笑みがこぼれてしまった。




