最善の選択
「キミが僕と一緒に帝国に行ってくれたら、僕が皇帝陛下に掛け合ってあげよう」
そのフレディの言葉に、セイディはただ呆然とすることしか出来なかった。今の言葉は、フレディが間違いなく帝国側の人間だと示している。培ってきたはずの信頼関係は、ガラガラと音を立てて崩れていく。それでも、セイディはまだフレディのことを信じたかったのかもしれない。たとえ、それが人から見れば微々たる信頼だったとしても。
「……フレディ様。私、は」
「拒絶をするのならば、僕は掛け合わない。ただ、それだけ。単純な交渉でしょう?」
フレディの言葉に、セイディはただ俯く。フレディの狙いが何なのかは、全く分からない。でも、大方セイディの聖女の力とかそう言うことだろうか。結局、フレディが欲しかったのはセイディの聖女の力なのだろう。そのために、友好的な関係も築いた。一目惚れなどと言う、嘘もついた。
(……エリノア様の護衛の時から、おかしかったのよね)
よくよく考えれば、ヒントはそこら中に転がっていたのかもしれない。いや、間違いなく散らばっていた。それでも、その事実から目を逸らし、後回しにしてきたのはセイディなのだ。だから、これはきっと自業自得なのだろう。
「……わた、し」
でも、今はそれよりも。もしも、自分一人が犠牲になることでこの王国を守ることが出来るのならば? そちらを考え方が先決だろう。
そもそも、戦になれば、この王国に勝ち目などない。そうなってしまえば、セイディに友好的に接してくれた騎士団や魔法騎士団の人たちは、間違いなく命を落としてしまう。そんなのは、嫌だった。元々、聖女としての考えが身に染みているからだろう。そういう無駄な争いは、避けたかった。
「本当に、皇帝陛下に掛け合ってくださいますか?」
「うん、僕は約束だけは守るから」
にっこりと笑ったその目では、その言葉が嘘なのか本当なのかが分からない。そう思っていれば、フレディはセイディに手を差し出してきた。きっと、この交渉に乗るのならばこの手を取れということなのだろう。
(そもそも、私一人が犠牲になるのは慣れたことじゃない)
帝国に行って、何をするのかは分からない。もしかしたら、オフラハティ子爵家よりもひどい環境下に置かれるかもしれない。それでも、構わないような気がした。きっと、ここでフレディの手を取れば、騎士や魔法騎士たちからは裏切り行為とみなされるだろう。……嫌われても、彼らの命が守れるのならば。この考えは、人から見れば綺麗ごとだろう。そう思われても、構わなかった。
「どうする? 選択できるのは、一つだけだ」
そして、フレディのその言葉にセイディはただ頷いた。無駄な争いは、好まない。ジャレッドがどうなろうが、構わない。それでも、何の罪もない民たちが、騎士たちが、魔法騎士たちが。犠牲になるのは、絶対に嫌だった。そう思いながらセイディは、ゆっくりと手を差し出す。嫌われてもいい。憎まれてもいい。たとえ、本心では嫌われたくない、憎まれたくないと思っていたとしても。
(――ごめんなさい)
これがきっと、最善の選択だから。そう考えて、セイディがフレディの手に自身の手を重ねようとした時だった。
「セイディ!」
誰かの声が、後ろから聞こえた。その声に驚いて手を引っ込めれば、自身の肩が誰かに引き寄せられる。それに驚き顔を上げれば、そこには何故かアシェルがいた。その後ろにはミリウスがいて。
「……フレディ・キャロル。そうやってセイディを唆すのは、止めてくれない?」
「……一体、何のこと?」
アシェルの低い声に、フレディはとぼけたような返事をする。その声が癇に障ったのか、アシェルは「お前のこと、いろいろと調べた」とフレディに告げる。その瞬間、フレディの口元が微かに歪んだのを、セイディは見逃さない。
「フレディ。俺、お前のことこれでも信頼していたぞ」
後ろから、ミリウスの声も聞こえてくる。その声は静かなものだったが、何処か怒りが含まれているような。いや、違う。いろいろな感情が混ざり合い、なんと言い表せばいいかが分からないような声だった。ただ、淡々と発せられるミリウスの言葉には、言葉に出来ない迫力があって。
「お前を見た時、優秀な宮廷魔法使いだなって、さすがはキャロル子爵が認めた奴だなって、思った」
ゆっくりと紡がれるミリウスの言葉に、セイディはただ呆然とする。そうしていれば、アシェルは「……けど、お前のことを信じた俺たちがバカだった」と続けた。……それは、間違いなく。
(フレディ様が、本当に帝国側の人間だったということ、よね)
そう思いながら、セイディは目を伏せた。だから、きっとあの時神殿で見かけたフレディに似た人物も、フレディ自身だったということなのだろう。
「セイディ。この男は、帝国側の人間だ」
そして、アシェルのその言葉。きっと、騎士団では独自にフレディのことをいろいろと調べていたのだろう。あの時、ミリウスが倒れた時。――彼が、魔法石を手渡してきたときから。
「……僕は、正真正銘キャロル子爵家の令息だ」
「嘘を言うな。わざわざ演技をしてまで、キャロル子爵夫妻に拾ってもらったのだろう?」
アシェルの発する言葉は、セイディには意味が分からなかった。ただ、一つ。分かることは――。
(今、フレディ様、一瞬だけ悲しそうな目を、された……)
今の一瞬。フレディは間違いなく――悲しそうな目をした。ただ、それだけだ。
先日お休みさせていただいた分を、本日更新させていただきました。突拍子もなく決めたので、驚かせてしまっていたら申し訳ございません……。また、書籍の発売まであと1ヶ月ということで、滅茶苦茶緊張しております……。
そして、半年くらい前に書いて放置していた作品の掲載も始めました『婚約破棄から十年後、元婚約者に呪われた。』というものです。こちらは当初5万文字程度の分量だったのですが、10万文字くらいにパワーアップさせる予定ですので、よろしければよろしくお願いいたします……!
引き続きよろしくお願いいたします……!(あ、多分明日も更新します、はい)