穏やかな時間(1)
「会場の見学と言いましても、馬車で一度ぐるりと一周する程度ですので、緊張しなくてもいいですよ」
少しだけ緊張してしまうセイディに対し、神官長はそう声をかけてくれた。それに静かに頷くものの、なんだかんだでいろいろと思ってしまうことがある。やはり、一番は聖女の衣装を身に纏っているということだろうか。そんなことを思いながら、セイディは質素な外観の馬車に乗り込む。しかし、馬車は外観だけが質素なようで、中はかなり広々としており、快適だった。
この馬車に乗り込むのは、セイディのほか神官長と護衛であるリオの三人のみ。一応追加の護衛が別の馬車でついて来てくれるらしいが、実質の護衛はリオしかいないと言っても過言ではないだろう。まぁ、滅多なことで襲われたりはいしないだろうが、それでもなんだか胸騒ぎがする気がした。……上手く言葉には出来ないが、一言で言い表せば「嫌な予感」という奴だろう。
「セイディ、何かがあったら、きちんと言うのよ」
「……はい」
そんなセイディの不安を感じ取ってか、リオが笑顔でそう声をかけてくれた。だから、セイディは静かに頷く。この胸騒ぎが、杞憂で終わればいいのだけれど。そう思いながら、セイディは走り出す馬車から窓の外を見つめる。塗装された道を走っているためか、揺れは少ない。それでも、やはり微かには揺れる。その揺れを心地いいと思いながら、セイディは窓の外を見つめた。
「本日は初日と同じプランで移動していただきます。二日目と三日目の方は、また追々。もう、時間はありませんけれどね」
「それ、大丈夫なのですか?」
「えぇ、毎年こんな感じですので」
素朴な疑問をセイディが口に出せば、神官長は朗らかに笑ってそう言う。王国一の大きなお祭りなのに、毎年こんな感じで緩く進行していたのだな。そう思ってしまうが、今年は事情が違う。なんといっても、王国の未来がかかっているのだ。
(マギニス帝国に襲撃されれば、このリア王国はひとたまりもない。なんとかして、襲撃を防がなくちゃならない)
実際、戦争となればリア王国が負ける確率は九割を超えている。ならば、襲撃されない方向にもっていくという考えについては、セイディだって同意できる。被害は出ない方が良いに決まっているし、王国を守るためにはこれくらい仕方のないことだと分かっている。だが……マギニス帝国は、これくらいで諦めるだろうか?
(そこら中の国に戦争を吹っかけている帝国よ。何を考えているか、分かりようがないわ)
心の中でそう思っていれば、神官長は「そちらに見えるのが、第一の神殿です」と言って窓の外に視線を向ける。窓の外には、確かに大きな神殿が建っている。決して煌びやか……とは言えないが、歴史を感じさせる堂々とした風格。ここは、王国でも五本の指に入るほど力を持つ大きな神殿だったはずだ。
「初日は、こちらとあと二つの神殿を回る予定でございます。その間に、民たちに挨拶をすることもあります。……そのために、貴女には気品を身に付けてもらっているのですから」
「私、身に付けることが出来ているでしょうか?」
「えぇ、まぁまぁ出来ていますよ。なんだかんだ言っても、貴女は真面目で優秀ですから」
神官長はそう言いながら、今度は楽しそうに笑う。よかった。落第は何とか免れた。そんなことを思い、ホッと胸をなでおろすセイディに対し、リオは「少し、外に出てみる?」と声をかけてきた。だが、それは大丈夫なのだろうか?
「それは、大丈夫なのでしょうか?」
正直に言って、狙われる可能性が高いのに外に出るのは……と思う気持ちが、ある。が、神官長は「えぇ、構いませんよ」と言ってくれた。その後「神殿を間近で見ることも、大切なことですから」と続ける。
神官長が合図をしたためか、馬車は神殿のすぐそばで止まった。そして、御者が馬車の扉を開けてくれる。ゆっくりと地面に足を付ければ、見上げる神殿はかなりの迫力があって。さすがは、王都の神殿というべきだろうか。
「あまり長居は出来ませんが、周辺を見るくらいならば時間がありますよ」
「セイディ、私から離れちゃダメよ。今の貴女は、とても大切な身分の人間なのだから」
神官長、リオの順でそう声をかけてくるので、セイディは静かに頷いた。自分がこの国にとって大切な存在になったとは、到底思えない。それでも、王国からすれば力の強い聖女であるセイディは、重要な人物なのだろう。ヤーノルド神殿に従事していた頃は、こんなこと考えもしなかった。むしろ、ひとかけらの可能性も思い浮かばなかった。
(そう言えば、レイラは今何をしているのかしら? きっと、私のこの現状を知ったら癇癪を起すのでしょうね)
神殿を見ると、何故かレイラのことを思いだした。レイラは、セイディのことを虐げすぐに癇癪を起した。だからこそ、きっとセイディが代表聖女に選ばれたと知れば、癇癪を起すはずだ。
――ずるい。
彼女はきっと、そんな言葉を叫び続ける。
「セイディ、大丈夫?」
「……何がでしょうか?」
「いえ、貴女が少し暗い表情をしていたから」
リオにそう声を掛けられたものの、セイディにその自覚はない。もしも、それが本当なのだとすれば。それは多分、あまり好いていない異母妹のことを思い出したからだろうな。そんなことを思いながら、セイディは首を縦に振る。「大丈夫ですよ」。そんな意味を込めて、首を縦に振っていた。
寝落ちした結果、日付変わってしまいました……(´・ω・`)
次回更新は火曜日を予定しております(時間はまたズレるかもしれませんが……)
いつもありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします……!




