癒しの時間(2)
「へぇ、クリストファーもそんな弱音吐くんだな」
そんなクリストファーの言葉を聞いて、オーティスはそう零す。それに対し、クリストファーは苦笑を浮かべていた。最近、クリストファーはセイディに対してもいろいろな表情を見せてくれるようになった。それは、きっといい変化なのだろう。そう思いながら三人の会話を聞いていれば、部屋の扉がノックされ静かにリリスが入ってくる。今度はワゴンを押しており、その上には四人分のお茶が載っていた。
「どうぞ」
リリスはそれだけを告げ、セイディたちの前にお茶の入ったカップを置いていく。その後、部屋の隅に移動しようとするリリスを、セイディはふと引き留める。リリスとは知らぬ仲ではない。しかし、彼女のことを詳しくは知らない。知っていることと言えば、もうすぐ寿退職するということ。王宮の侍女であり、フレディに時折雇われているということ。それが、セイディがリリスについて知っている情報だ。
「あの、リリスさんも、一緒に休憩しませんか?」
「……私が、ですか?」
「はい」
リリスだって、きっと疲れているはずだ。そう思いセイディはリリスにそう声をかけたのだが、リリスは少し困ったように笑うだけだ。そして「私は、侍女なので」というだけ。その表情は嫌がってはいない。ただ、困っているだけだ。もしかしたら、王宮侍女には王宮侍女の決まりがあるのかもしれない。セイディはメイドとはいえ、雇われているのは騎士団。王宮務めではない。
「……困らせてしまいましたね、すみません」
困ったような表情を浮かべるリリスにそう告げれば、リリスは首を横に振る。そんなリリスをセイディが見つめていると、不意に服の袖を引っ張られる。驚いてそちらに視線を向ければ、いつの間にかセイディのすぐ隣に移動してきたクリストファーが、少し不満げにセイディの服の袖をつまんでいた。
「あまり、易々と謝らない方が良いと、僕は思います。セイディさんは、今年の代表聖女なのですから」
「……そう、ですね」
クリストファーの言っていることは、一理どころかすべてだ。あの神官長は、セイディに気品や品格を身に付けろと言っていた。高位貴族の令嬢のようになれ、と。ならば、易々と謝っていけないことは分かる。今のは、明らかに失言だった。そんなことを思うが、別にこのメンバーの間ならば良いのでは? そうとも、思ってしまう。
「クリストファー、構ってほしいなら、素直にそう言えよ。……セイディさん困るし、そもそも勘違いするぞ」
しかし、オーティスのその言葉にセイディは目を見開く。それからクリストファーをもう一度見つめれば、クリストファーは顔を真っ赤にしながら口をパクパクと動かしていた。それは、動揺しているということだろう。それは、どっちの意味なのか。図星をつかれたからなのか、はたまた恥ずかしい勘違いをされたと思っているのか。
「僕は……その、確かに、セイディさんに構ってほしいですけれど……!」
だけど、そんなことを直球で告げられるのは困る。クリストファーの言葉を聞きながら、セイディはそんなことを思ってしまった。構ってほしい。そう言うクリストファーは、まるで人懐っこい大型犬のようにも見える。なんだか、撫でまわしたい。そんな欲求が芽生えるが、相手は名門侯爵家の令息である。そんなこと、出来るわけがない。
「セイディさん、クリストファーはセイディさんが大好きなんですよ。だから、構ってほしいんです」
「何を、勝手に……!」
「僕とオーティスから見たら、バレバレだから。それに、実は初めのころから好きだったりするんですよ」
ルディがクスクスと笑いながらそう告げれば、クリストファーはさらに顔を真っ赤にして「ルディ!」と叫ぶように言う。だが、ルディがそれくらいで止まるわけもなく。にこにこと笑いながら言葉を続けていく。
「クリストファー、素直になれないんです。警戒心が強いから初めはあんな態度だったんですけれど、気があるのは初めからですよ」
「そうなのですか?」
「そうですよ。セイディさんも案外鈍いんですね!」
にこにこと笑ったままルディがそう言うので、セイディは苦笑を浮かべてしまう。でも、さすがに初期のあの態度だと好かれていると思えるわけがない。嫌われていると思っても、仕方がないはずだ。もしかしたら、クリストファーには不器用な部分があるのかも。そんなことを考えながら、セイディはクリストファーを見つめる。そうすれば、彼はそっと視線を逸らした。
「まぁ、クリストファーの話は置いておきまして。僕、セイディさんに一つお願いがありまして……!」
「どうか、なさいましたか?」
「はい、僕のことを褒めてください!」
唐突に、ルディはそんなことを勢いよく言ってきた。その言葉にセイディが戸惑っていれば、ルディは「僕、綺麗な年上のお姉さんに褒めれるのが好きなんです……!」と言ってくる。そんな言葉に、セイディはただ戸惑った。年上なのは認める。が、自身が綺麗だとは思えない。
「えっと、ルディ、さま?」
「お願いします、僕、ずっとセイディさんに褒めてほしくて……!」
「セイディさん、こいつのことは無視してください」
オーティスが、ルディの頭をはたきながらそう言う。その目は細められているが、笑ってはいない。大方、ルディの態度のどこかが気に入らなかったのだろう。
「お前、本当に図々しいぞ」
「良いじゃないですか。自分の欲求に素直に生きるのは、大切だから!」
「お前は素直に生きすぎだ」
二人の小声の会話が、セイディの耳に入ってくる。そのため、セイディはクスっと声を上げて笑ってしまった。それを見てか、リリスは「……仲が、いいですね」と零す。それも、しっかりとセイディの耳に届いていた。
10月になったので、来週から火曜日も更新します(n*´ω`*n)
もう少しほのぼのターンです。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします。