元婚約者の現状(3)
9月末頃まで、ちょっと多忙なので金曜日のみの更新になります(o*。_。)oペコッ
ご了承くださいませ。
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ジャレッドが王都に出てきてから、かなりの日が経った。神官長に手渡された持ち金はすでに少なくなっており、宿泊している宿ももうじき出ていく必要があるかもしれない。初めは宿暮らしに抵抗を示していたものの、宿を拒否すれば野宿しかないという現実に気が付き、ジャレッドは現状宿で暮らしていた。お世辞にも豪奢とは言えない旅人用の宿の寝台に横たわり、ジャレッドは「はぁ」とため息をつく。
(……そもそも、こんなにも探し回っても出てこないなど……。まさか、野垂れ死んでいるのではないか……?)
あの後、セイディはすぐに実家を勘当されているという。貴族の元令嬢が実家を離れて長々と生きていけるとは到底思えない。というよりも、ジャレッドは何の確信もなく王都に来たが、そもそも彼女は王都にいないのではないだろうか? その可能性に今更気が付き、自分の顔が青ざめていくのを実感した。頼ろうとしていた宮廷魔法使いにも拒絶されており、ジャレッドには頼れる人間は一人もいない。
「そう言えば、レイラはどうしたのだろうな……」
王都に出向く前。レイラには何も言わなかった。きっと彼女のことだ。今日も自由奔放に傲慢に生きているのだろう。そう思った瞬間、仄かな殺意が湧く。自分はこんなにも苦労しているのに、レイラは苦労一つしていない。……自分が選んだ結果とはいえ、元はといればレイラが原因だ。レイラが、レイラが――悪い。
そう思いジャレッドが怒りに身を焦がしていた時、不意に部屋の扉がノックされる。……誰も、招いていないはずだ。それに、この宿の主や従業員は客に深入りしてこないタイプである。無駄話をしに来る可能性は、明らかに低い。……もしかしたら、何かを忘れた、もしくは落としたのかもしれないな。そう判断し、ジャレッドはゆっくりと部屋の扉を開いた。すると、そこには――見知らぬ、美しい青年がいた。
「初めまして、ジャレッド・ヤーノルドさん……ですね」
その青年は濃い青色のさらさらとした肩の上までの髪を持っていた。目の形はたれ目がちであり、黒い色をしている。そして、その声は先日街でぶつかった青年と同じ声だった。
「……誰、だ」
「あぁ、自己紹介が遅れました。俺はアーネストと申します」
美しい青年――アーネストはその目を細めにっこりと笑う。その後、「以前、石を拾いましたよね?」と問いかけてくる。その言葉を聞き、ジャレッドはぼんやりと記憶を引っ張り出した。そうすれば、その記憶はあっさりと出てくる。アーネストとぶつかった後、宝石のような石が落ちていた。大方、アーネストの言う石とはあの石を指しているのだろう。だが、何故今更、それを言うのだろうか。
「そんなに警戒しなくてもいいですよ。俺は危険人物ではありませんので」
ジャレッドがアーネストを睨みつければ、アーネストは「無害ですよ」とでもいうように手のひらをひらひらとさせる。何処か女性らしさも感じさせるアーネストの美しい顔は、とても造形が整っている。一目見ただけでは、男性だとは分からないような。そんな顔立ち。
だが、それよりも。ジャレッドからすれば、このアーネストという青年は不審者である。ジャレッドの前に突然現れ、意味の分からないことを言う。警戒するなという方が、無理だった。
「実は……俺はとある国で魔法騎士をやっておりまして。主の命令でこの国について調べているのです。……が、やはり他国の人間ということで、警戒されてしまいまして」
「……はぁ」
「というわけでして。貴方に俺の代わりをやっていただこうかと」
アーネストはそう言うと、ジャレッドの泊まっている部屋に容赦なく入ってくる。それに驚き、ジャレッドが慌ててアーネストを止めようとすれば、彼は勢いよく振り返った。その目には、仄かに昏い色が宿っている。……まるで、魅入られてしまいそうなほどの美しさだった。
「貴方が拾ったあの石は、世にいう『魔法石』というものです。しかも、特殊な。……俺が望む人間の好奇心を掻き立て、自然と拾ってしまうようになっていまして。ついでに居場所とかも知らせてくれます」
「……ちょっと、待ってくれ。『魔法石』だと? ということは、お前――」
「はい、俺はマギニス帝国の人間ですよ。アーネスト・イザヤ・ホーエンローエ。それが、正式な名前。それから、俺は皇帝陛下の側近の一人でもあります。……ちょっと、諜報活動にやってきておりまして」
悪びれもなく、にっこりと笑ってアーネストはそう言う。それに若干引き気味になり、ジャレッドが足を後ろに引いた時。少し遠くにあったはずのアーネスト顔が、至近距離に迫っていた。
「貴方は面白い人ですよ。……俺の代わりにまではならないでしょうが、少しこの国をかき乱していただきたい。俺が、『あの人』が、上手く活動するため、溶け込めるように」
「そ、それは……」
「大丈夫です。あとは勝手に、こちらの都合のいいように動いていただきますから。あ、でも、俺はたちはアフターフォローはしませんよ? 貴方が破滅をするのも、富を手に入れるのも運次第。だって、そちらの方が――」
――面白いでしょう?
クスクスという笑い声。その声が聞こえたとき、ジャレッドの意識は遠のいていく。目の前にいるアーネストは、ずっと楽しそうに笑っている。
「……面白いことは、俺も大好きです。そして、敬愛する皇帝陛下も。……すべては、マギニス帝国の発展のために」
ジャレッドが意識を失う直前。最後に聞こえてきたのは――アーネストの、そんな言葉だった。
次回からは「『光の収穫祭』準備編」になります。
ある程度距離が縮まったセイディとヒーローたちが、『光の収穫祭』を成功させるために奮闘する章(予定)です。まぁ、不穏な影はずっと漂っていますけれどね……。
(ちょっとした裏話をすると、マギニス帝国の人間はヒーローたちと対になるようになっております。まぁ、作者の趣味ですけれどね!)
いつもお読みくださり、誠にありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします!