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記憶にない実母

(本当に、大丈夫だといいのだけれど……)


 翌日。クリストファーのことを見送ったセイディは心の中でそんなことを唱えていた。空は分厚い雲が覆っており、どんよりとした雰囲気だ。これでは、洗濯物は大して乾かないだろうな。心の中でそんな全く関係のないことも零しながら、セイディはただ遠のいていくクリストファーの背中を見つめる。時折振り返るのは、やはりまだ決意が固くないからだろうか。怖いと思ってしまっているからだろうか。


「……どうか、上手くいきますように―ー」

「何が、上手いこと行くようにお祈り中だ?」


 誰も、セイディのつぶやきに言葉など返してこないはずだった。しかし、後ろから聞こえてくるのは間違いなく見知った人間の声。そして、その人物はここにいるわけがない人物。今日の声は少し低めであり、聴いていて心地が良くその声音は愛想がよく感じられ、人の警戒心を解いていく。


「……ミリウス様」

「久しぶり、セイディ。……っていうほど、会ってないわけじゃないか。朝も会ったし」


 セイディが振り返れば、そこにはにこやかな笑みを浮かべるミリウスが立っていた。ミリウスはいつものように長いきれいな金色の髪を後ろで一つに束ねており、彼が少し動くだけでその髪の毛が揺れる。その揺れる髪に視線を向けていれば、ミリウスは「気になるのはわかるけれどさ、俺本体こっち」と言って自分自身を指さす。それを聞いたセイディはハッとすると「すみませんでした」と謝ってしまう。ミリウスの身分は王弟である。国王と王太子の次に権力を持っている人物といっても、過言ではない。


「あの、本日の訓練は……」

「あぁ、抜け出してきた。ったく、アシェルは本当にうるさい。まぁ、俺はアイツが副団長をしてくれていると、助かるけれどさ」


 そんなことを言いながら、ミリウスは好戦的な笑みを浮かべてセイディのことを見つめてきた。その緑色の目はセイディのことを射抜き、まるで何もかもを見透かされているような感覚に陥ってしまう。それは、王族特有のものなのか。はたまた、ミリウスが人の懐にやすやすと入り込むすべを身に着けているからなのか。それは定かではないものの、セイディにとってその目は居心地のいいものではない。元々、人に心の中を覗かれるのは大嫌いなのだ。


「セイディってさ」

「は、はい」

「親は、どんな人間だった?」


 それは、世間話の一環にも聞こえる話題だった。しかし、ミリウスと対峙しているセイディには、ミリウスが真剣にそう問いかけているのだということが嫌というほど伝わってくる。それは、いつもの気まぐれで気になったことなのだろうか。それとも、彼の直感が何かを告げているのか。ただわかるのは、これは答えた方がいいということぐらいだろうか。


「父は、オフラハティ子爵家の現当主です。社交の場にも度々顔を出しているので、その、存じていらっしゃる、かも」

「そうだな。おぼろげに覚えてる。王族ってさ、貴族の顔を全員覚えさせられるわけだし」


 リア王国の王族は、他国よりも気品を求められ、優秀さを求められる。貴族の顔を覚えるのは、王族の務め。そう、ミリウスは幼少期から教えられてきた。今でこそ気品などクソくらえだと思っているが、その鍛え上げられた頭脳は今でも役に立つ。王太子としてやっていた時期も、騎士団長となった今でも、あの勉強は正解だと思えるのだ。……気品は、本当にそこらへんに放り投げてきたのだが。


「えっと、継母は……その、義妹の母で、元々いい身分ではなくて……」

「あぁ、違う。俺が訊いているのは、継母のことじゃない」


 セイディが次に継母について話そうとしたときだった。ミリウスは首を横に振りながらそんなことを言う。その言葉は、セイディからすれば意味の分からないものだった。親のこと。それは、父と継母のことではないのだろうか。たとえ好きではなかったとしても、セイディの親は彼らのことなのだから。


「俺が訊いているのは、セイディの実の母親のことだ」

「……実母」

「いろいろとセイディの周辺状況を探ったけれどさ……セイディの実母、何者なのか全くわからねぇから。国の貴族名鑑とか漁って調べたし、聖女の力は遺伝しやすいから聖女についても調べた。……けどさ、どこにも載ってねぇわけ」


 あきらめたように首を振りながら、ミリウスは「はぁ」とため息をつく。


 ミリウスだって、セイディの周辺について勝手に調べたことに罪悪感がないわけではない。ただ、強すぎるセイディの聖女としての力の出所が、気になったのだ。そのため、ミリウスは王家が所有する貴族や聖女の資料を漁った。職権乱用とも受け取られそうだが、そこは目を瞑ってほしい。そもそも、仲間の素性を調べるのは騎士団長の仕事なのだから。


「……わた、し、何も、覚えていなくて……」

「何も? 幼少期の記憶、おぼろげにもないの?」

「はい。使用人たちも、私の実母については触れなかったのです。何も、教えてくれなくて……」


 幼少期。セイディは実の母親がどんな人物だったのかが気になっていた。そのため、古株の使用人に問いかけて回っていた時期があった。だが、みな口裏を合わせたように『素敵なお方でした』やら『優しいお方でした』としか言わない。それこそ、実母に専属としてついていたという侍女までも。


「……そっかそっか、他国の人間だと見当もつかないから、何かヒントでも……と思ったけれど、記憶がないのならば仕方がないか。ま、俺だって常識ぐらいあるわけだし、セイディの周辺を嗅ぎまわっていること……悪い、とは思っている。けどさ、これが俺の仕事だし、許せ」

「……はい」

「セイディの実母のこと、何かわかったら教えてやる。……自分の母親のことを思い出せないなんて、異常だしさ」


 ミリウスの言葉の最後の方は、セイディには届かなかった。ただ、何かをミリウスがポツリと零したことだけは、分かって。セイディはただ静かに一礼をした。


 記憶のかけらも残っていない実母に、思いを馳せながら。

次の更新は金曜日の予定……だったのですが、少し難しいかもしれません(´・ω・`)

出来なかったら次は一週間後の火曜日になります。


引き続きよろしくお願いいたします!

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