今、必要なこと
「先日から、実家から手紙が届くようになりました。内容は『騎士団を辞めて実家に帰ってこい』、ただそれだけです。……僕は騎士団を辞めたくない。だけど、副団長に言われちゃいました」
――実家とのいざこざが解決するまで、仕事は割り振らないって。
そう言ったクリストファーの表情は、今後どうすればいいかが分かっていないようだった。クリストファーは十五歳。年齢だけで考えれば、親の言うことなど聞きたくない時期だろうか。セイディはそう言う相談にも何度か乗ったことがある。……とはいっても、反抗する子供をどうすればいいかという親目線のことばかりだったが。でも、そう言う風に様々な相談に乗ってきた経験は役に立っているという自信がある。まぁ、ほんのちょっぴりだけなのだが。
(……アシェル様のやっていることも、正しいしなぁ。悩んだまま仕事をしても、怪我をするだけ。特に騎士なんて命がけの仕事だし)
騎士は時と場合によっては命を落とすこともある。今でこそ戦がないため、そこまで命を落とす騎士はいないが、それでも犯罪者を相手にして命を落としてしまうことは多々ある。もしも犯罪者と対面した際、別のことを考えてしまっていたならば、それは油断となり命取りとなってしまうだろう。
だから、クリストファーにそう言う条件をぶつけたアシェルのことを、責めはしない。それはクリストファーも分かっているのだろう。今、必要なのはアシェルを責める言葉でも、クリストファーの両親を責める言葉でも、同情でもない。――クリストファーの背を押す言葉。ただ、それだけ。互いが意地になっていては、何も解決しないから。
「……余計なお世話だと思います。ですが、その場合やっぱりきちんと向き合ってお話をした方がいいかと」
セイディだって、この言葉が余計なお世話だということは分かっている。それでも、セイディにはクリストファーの両親の気持ちが、少しは分かるのだ。自分の子供を危険な目に遭わせたくない。それは、親ならば誰もが思うだろうし、特に高位貴族ならば強く表れるはずだ。セイディ自身は親にそんなことを思ってもらえたことはないが、昔親代わりとして育ててくれた一部の使用人はそう言う風に言ってくれていた。
「それに、心配してくださるご両親って、素敵じゃないですか。……私は、その……そう言うのは無縁でしたから」
父は無関心。継母と義妹は虐げてくる。そんな生活を送っていれば、自然と達観してしまい夢も見れなくなってしまう。それでも頑張れたのは、心の中で昔の友人が支えてくれたからであり、それとなく庇ってくれる使用人たちがいたから。使用人に関しては、年を重ねるごとに関わらなくなっていた。それは、セイディを庇った使用人が継母に暴力を受けていたところを、見てしまったから。
「……ならば、一つだけお願いがあります」
真剣なセイディの言葉を聞いて、クリストファーはこちらも真剣なまなざしになるとセイディのことを見つめてきた。その目は迷いからなのか微かに揺れ、まだ決意が固まっていないことは容易に分かる。それでも、クリストファーは少しでも前に進もうとしている。それが分かったからこそ、セイディは「どうぞ」とクリストファーに返した。
その「お願い」がセイディに叶えられることなのかは、分からない。それでもクリストファーの力になりたかったし、彼の背中を押してあげることが今の自分の役目だと思った。それに、頼りにならないかもしれないが、セイディはクリストファーよりも年上である。たまには年上ぶってもいいだろう。
「少しでいいのです。明日、僕に時間をください」
そして、クリストファーのお願いはそんなことだった。そのお願いを聞いて、セイディは目を見開く。お願いが、セイディの想像よりも斜め上だった為だ。そんなセイディを見て、クリストファーは「背中を、押してほしいのです」と真剣に続けてくる。……今までずっと、目さえ合わせてくれかったのに。何処か、彼は成長したのかもしれない。そんな近所のお姉さんのようなことを考えながら、セイディは「……仕事の調整、しますね」と答える。セイディの仕事はノルマを達成すればいつだって終えることが出来る。休憩時間だって、食事の際以外は自分が疲れたら休憩すればいいと、アシェルに言われている。ならば、クリストファーの指定する時間を休憩時間に合わせればいいだろう。
「分かりました。クリストファー様が騎士を辞めないで済むように、私お祈りしておきますね。……効力、ないでしょうが」
「……いえ、その気持ちだけで十分です」
セイディの言葉にクリストファーはただ頷き、にっこりとした年相応の笑みを見せてくれた。その笑みはまだ幼さが残る、可愛らしいもの。その所為だろうか、セイディの胸が少しだけきゅんとした。……元より、年下には弱い。そう言う自覚も、あった。
「では、僕は明日の準備をしてきます。お話を聞いてくださって、誠にありがとうございました。時間に関しては、夕食後にお伝えします」
「……いえ、私にできることはそれぐらいなので」
クリストファーの言葉にそれだけを返し、セイディは食堂を出て行くクリストファーの背中を見送った。その歩き方は先ほどまでとは違い、何か重荷が取れたような姿で。セイディはホッと一息をつく。
(……私、少しでも役に立てていると良いのだけれど)
それでも、ふとそんなことを思ってしまうときもある。いずれは出て行くと決めている。それでも、もう少しだけここに居たい。だから、役に立とうと奮闘する。……ジャレッドや元家族に見つかる前に、出て行かなくてはならないのに。
次回の更新は何もなければ火曜日です、引き続きよろしくお願いいたします(o_ _)o))
また、近々第二部の舞台ヴェリテ公国編の外伝を連載しようと思います(七月のどこかで)。こちらは本編よりも一年前の時間軸ですので、先に掲載しちゃっても問題ないので……。マギニス帝国の話も、また落ち着いたら連載すると思いますので、そちらもよろしくお願いいたします!