少年騎士へのお届け物
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「あぁ、セイディ。ちょうどいいところに」
「な、何でしょう、か……」
アシェルに横着を怒られた日の翌日。セイディは掃除中にふとアシェルに呼び止められていた。また、何か説教をされるのかと思い身構えるセイディに、アシェルは「……説教は昨日で終わった」と言って一通の豪華な封筒をセイディに差し出してくる。その封筒のあて先には「クリストファー・リーコック」と書かれており、描かれている家紋からするに、クリストファーの実家からの手紙のよう。しかし、何故アシェルがその手紙をセイディに差し出してくるのかが分からない。セイディはクリストファーと特別親しい間柄でもなければ、身内でもない。むしろ、避けられている立場だ。
「これ、クリストファーに届けて。生憎俺は今から見回りだし、ルディもオーティスも仕事に出ているからさ。……今、手が空いているのはセイディだけだし」
「あっ、わ、分かりました」
結局、暇なのがセイディしかいないため、セイディにこの手紙を届けろとアシェルは言いたいのだろう。……実際、掃除中であり暇ではないものの、頼まれれば仕事は出来る限り引き受けたい。何故ならば、この騎士団はセイディにとって雇い主に当たる。雇い主の手伝いだって、メイドの仕事だと思っているからだ。
「……あと、暇だったらクリストファーの話を聞いてあげてくれる? 本当は俺が聞くのが一番なのだけれど……仕事が山積みだから。……ははは」
「ご、ご苦労様です……」
「団長が仕事をしてくれたら、こんなことにはならないのだけれどね……」
どこか遠いところを見つめながらそう言うアシェルに、セイディは心の中だけで「本当にご苦労様です」と告げておいた。ミリウスがデスクワークを嫌うことは、セイディだって知っている。その分、アシェルやリオに仕事がすべて回ってくるということも。そして、そろそろ本部の人間をもう一人増やすつもりだということも。
「まぁ、とにかく。クリストファーのケアをお願いね。……クリストファー、実家とちょっともめてるみたいだし、話を聞いてあげるだけでいいから」
「はい」
そんな言葉を残して、アシェルは何処かに去っていく。その疲れたような後姿を見つめた後、セイディは手元にあるクリストファー宛ての手紙に視線を移した。とても煌びやかで、豪奢な封筒。さすがは王国の名門侯爵家からの手紙というだけはある。リーコック家は地位も家柄も歴史も何もかもが素晴らしい家だ。一時期では、一部の公爵家よりも権力を持っていると囁かれていたぐらいには。
「……いろいろと思うことはあるけれど、まずは届けなくちゃ」
そう思い直し、セイディは手に持っていた箒を元の場所に戻すと、ゆっくりとクリストファーの私室に向かう。……正直、騎士たちの私室に入るというのはどうなのかと思うが、今回は例外だ。アシェルに頼まれたと言えば、クリストファーだって納得してくれる……と思いたい。あくまでも、願望だが。
(というか、確かにこの国では騎士の地位は高いけれど……高位の人が多すぎるわよね……)
寄宿舎の階段を一段ずつ上りながら、セイディはそんなことを考える。騎士団と魔法騎士団の中で最も身分が高いのは間違いなくミリウス。なんといっても、彼は王弟という立場なのだから。次に身分が高いのは、きっとジャックだろうか。彼は公爵家の令息であり、ちょっと女性慣れしていないところと堅物な性格を除けば、超が付くほどの優良物件に当たる。……まぁ、そんなことセイディには関係ないのだが。そして、クリストファーは単純な順番で言えばその次だろうか。一年前に入団したばかりだという彼は、リオ曰く熱心で真面目らしい。
「……クリストファー様、いらっしゃいますか?」
クリストファーの私室の前にたどり着き、扉を数回ノックして声をかける。そうすれば、中から「……ちょっとだけ、待ってください」という声が聞こえてくる。その声の通りに数分セイディが扉の前で待てば、クリストファー本人が部屋から出てきた。彼は、セイディを見ると「何か、ご用ですか?」と問いかけてくる。そのため、セイディは「お手紙を、届けに」と言ってクリストファーにアシェルから預かった手紙を手渡そうとした。したのだが……。
「あぁ、実家から。……捨てておいて、ください。どうせ、書いてあるのはいつも一緒のことです、から」
「ですが」
「どうせ帰って来いと書いてあるだけですよ」
そう言って、クリストファーは手紙を受け取るのを拒否したのち、扉を閉めようとする。だが、セイディにも引くに引けない事情がある。そもそも、ここで引いてしまえばアシェルになんと言われるかが分からない。説教だけでは済まないかもしれない。瞬時にそう思い、セイディは「ま、待ってください!」と言って扉に足を引っかける。……咄嗟とはいえ、かなり乱暴な行動に出てしまったという自覚はある。罪悪感も、少しはある。
「……私が、捨てることは出来ません。なので、捨てるのならばクリストファー様が捨ててください」
「……別に、誰が捨てても一緒ですよ」
「わ、私がアシェル様に怒られてしまいます!」
この際、背に腹は代えられないのだ。アシェルに怒られるぐらいならば、この場でクリストファーにごり押しした方がマシだ。そんなことを考え、セイディが軽く身震いをすれば、クリストファーは突然「副団長、怖いですか?」とセイディに問いかけてくる。そのため、セイディは静かに首を縦に振った。
「……そうですか。まぁ、あの人結構厳しい、ですからね」
何故だろうか。セイディの態度を見たクリストファーは、くすっと声を上げて笑うと、セイディのことをまっすぐに見つめてきた。成長期だからだろう、クリストファーの背丈はほかの騎士たちよりも低い。それでも、溢れる気品は騎士団一かもしれない。
「……時間は、ありますか? よければ、僕の愚痴を聞いてください」
それから数秒後、クリストファーはセイディに笑みを向けそう言ってきた。その笑みは、セイディが初めて見るクリストファーのとても可愛らしい年相応の笑みだった。
次回は火曜日(15日)に何もなければ更新予定です(o_ _)o))
しばらくの間は火曜日と金曜日の更新にしますので、引き続きよろしくお願いいたします!
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