相席事情
「何故、と問われましても……」
そもそも、この相席はセイディが望んだものではない。ただ、カフェの店員に「相席でもいいですか?」と尋ねられ、了承したらジャックと相席になってしまったというだけだ。真後ろに並んでいたので、その可能性は大いにあったものの、どうやらジャックはそこまで思考回路が回っていなかったらしい。
「店員さんが、相席でよろしいですか? と問いかけてこられたから、ですかね?」
「……はぁ、そうだな。それは認める。……それに、見知らぬ女と一緒よりは、まだ、まだマシだ」
「まだ」の部分を強調しながら、ジャックはカフェのメニュー表に視線を移す。そのため、セイディもメニュー表に視線を移した。ケーキやタルトなどの比較的がっつりと行く甘いもの系。他、プリンなどの少し軽めに行く甘いもの系など、様々なメニューが取り揃えられている。それを見ながら、セイディは注文するメニューを決める。
「……お前は、決めたのか?」
「はい。決めましたが……」
「そうか。じゃあ、注文するか」
……何故、ジャックが一緒に注文しようとするのだろうか。一瞬そう思ったが、店員が二度も来なくていいように配慮したのだろう。そんなことを考えながら、セイディはやってきた店員にフルーツタルトとストレートの紅茶を注文する。その後、ジャックも自身の選んだものを注文していた。もちろん、会計は別である。偶然相席になっただけであり、二人は特別親しい間柄ではないのだから。
「……俺は、自由に過ごさせてもらう。だから、お前も自由に過ごせ。俺のことは空気だと思え」
「承知いたしました」
ジャックのそんな言葉に、セイディはそれだけを返しパンフレットをまた開く。次は、どこに行ってみようか。レストランはさすがに一人では入りにくいので、リオでも誘ってみようか。そう思っていると、不意に視線を感じた。そのため、ゆっくりと視線を上げれば……何故か、ジャックがセイディを凝視していた。
「……いや、自由なことをされるのでは……?」
「自由だ。だから、俺はお前のパンフレットを逆から読んでいる」
……意味が、分からない。確かにそれも自由な行動に含まれているのかもしれないが、普通パンフレットを逆から読むだろうか? しかも、至極真面目にジャックはそう言っているので、もしかしたらこのパンフレットが気になるのかもしれない。……しかし、変に行動をして気を遣っているも思われたくない。何度も言うが、ジャックとセイディはそこまで親しい間柄ではない。
「……読みますか?」
「いや、いい。また今度書店に行って買うことにする」
セイディが意を決してパンフレットを差し出せば、ジャックはそう言って断ってくる。確かに、パンフレットを作っている人からすれば、それが一番いいのかもしれない。それに、忘れてしまいそうだがジャックは公爵家の令息だ。セイディの様に、けちけちして生きていく必要はない。
そう思い直し、またパンフレットに視線を移せば、また視線を感じてしまう。そのため、セイディは集中することも出来ずにパンフレットを閉じる羽目になってしまった。
(……パンフレットも読めないし、会話もできない。どうしろって言うのよ)
心の中でそうぼやけば、そのぼやきが通じたのか店員が一足先に飲み物だけを持ってきた。その行動にセイディは内心感謝をし、紅茶に角砂糖を一つ入れかき混ぜる。セイディが注文したのは普通のストレートのものだが、ジャックのはフルーツのエキスが入った女子力高めのものだ。……大層意外である。
「……ねぇねぇ、あそこにいる人、すっごくかっこよくない!?」
沈黙が辛い。そんなことをセイディが考えていれば、不意に隣の席からそんな声が聞こえてきた。そちらにちらりと視線を向ければ、そこでは二人組の女性がジャックを見つめていた。ジャックはその視線に気が付いているらしく、露骨に視線を逸らしている。
「うわぁ~、でも、彼女連れじゃない? だって、同じ席に着いているんだし」
「でもでも、偶然相席になっただけかもしれないじゃん。何も話してないし、その可能性もゼロじゃないってば!」
そんな女性たちの会話に、セイディは心の中で「正解」と答えていた。知り合いではあるが、彼女ではない。ましてや、こんな美形の隣に自分が並べば、いつか刺される。人間、いつどこで恨みを買うか分からないのだ。
「おい、お前」
「……前から思っていましたけれど、私の名前は『お前』ではありませんから」
「……セイディ」
セイディの抗議の言葉を聞いてか、ジャックはようやくセイディの名を呼んでくれた。本日一日ずっと、「お前」呼ばわりされていた。それは、あまり気分のいいものではない。
「俺は、大層女性が苦手だ」
「それは、存じております」
「だから……声をかけられたくない」
そう言ったジャックの表情は、とても真剣で。大方、今まで声をかけられて嫌な思いをしたのだろうと容易に想像がついた。……まぁ、美形なので仕方がないのだろう。
「せっかくここで会ったんだ。……お前、一緒に寄宿舎まで帰れ」
そして、ジャックの次の言葉がコレだった。……苦手苦手という割には、自分を女避けに使うのか。そう思ったものの、どうせ帰り道は一緒なのだ。断る理由もない。
「分かりました。それぐらいならば、どうぞ」
だから、セイディはそれだけを答えた。その後、注文したフルーツタルトがテーブルに届き……セイディの意識は、一瞬でそちらに集中した。
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