リアムの誘惑
だが、「仄暗い感情」が見えたところで、セイディにはどうすることも出来ないし、何もするつもりなどない。そもそも、リアムの事情など知らないし、何故チャラ男になったのかも知りようがない。第一、リアムが素直に教えてくれるとは到底思えない。だから、その「仄暗い感情」は無視するに限る。全て「冗談」にしてしまうのだ。
「冗談はよしてください。あんまりそう言うことをすると、怒られますよ」
そう言って、セイディはリアムの手を払いのける。そうすれば、リアムは「誰が俺のことを怒るの?」なんて告げてくる。そのため、セイディは「ジャック様が……」と言おうとした。しかし、それよりも前にリアムの頭が杖のようなものでたたかれる。
「げぇ、団長……!」
「はぁ、リアム。お前はまたサボって……!」
そんな声の方に視線を向ければ、そこには腕を組んだジャックがいた。ジャックは静かにリアムを睨みつけると、一瞬だけセイディに視線を向ける。だが、やはりセイディのことが苦手らしく、ただリアムの首根っこをひっつかみ引っ張っていく。
「お前は実力はあるが、不真面目なところが傷だな。もっと真面目になれば、良いのに」
「……真面目になったら、それはそれで気持ち悪いでしょう? 俺は、こういう軽薄な男だから」
「それはもっともだ」
ジャックはリアムにそんな言葉を返すと、セイディにまた一瞬だけ視線を向ける。そんなジャックの姿を怪訝に思ったのか、リアムは「……セイディと、話せば?」とジャックに耳打ちしていた。
「バカを言うな。今は訓練中だ。俺はお前を迎えに来ただけだ」
「……そう。じゃあ、訓練中じゃなかったら、良いんだね」
リアムはそう言うと、二人を無視して歩き出したセイディの名を呼ぶ。セイディがその声に煩わしそうに振り向けば、リアムは良い笑みを浮かべていた。……まぁ、首根っこを掴まれているので格好はつかないのだが。
「セイディ~! よかったら、うちの団長と遊んでやってくれない?」
「おまっ! 何を言って……!」
突然のリアムの意味の分からない言葉に、ジャックは慌てふためく。ジャックは女性慣れしていない。その所為で、周りからは「堅物」などと呼ばれてきた。そんな自分が……何故、わざわざセイディと遊ばなくてはいけないのか。そう、ジャックは考えていた。
「リアム様。お言葉ですが、私、そう言うのは……」
対するセイディは、ジャックとリアムを一瞥し、それだけを言うとまた歩き出そうとする。だが、それぐらいで折れないのがリアムである。リアムは「団長と遊んでくれたら、セイディの欲しい情報、あげるよ?」なんて叫んできたのだ。……その言葉に、セイディは反応してしまった。
「俺さ、結構情報網を持っているんだ。だから、セイディの役に立つ情報を教えてあげることが出来る」
「……だから、何だというのですか?」
「元婚約者のことも、異母妹のことも、いろいろと俺は知っているって言いたいの」
リアムのその言葉に、セイディの心は微かに揺れた。ジャレッドとも、レイラとも出来れば会いたくない。そのためには、彼らの行動パターンを知る必要がある。時間がある際に、情報収集をしなければとは思っていた。だが……リアムが情報をくれるのならば、どうだろうか? その手間は省け、今後の予定が立てやすくなる。
「ね? 悪い話じゃないでしょう?」
「悪い話に決まっているだろう! 何故、俺があの女と……!」
「団長もいい加減女性慣れしてって言いたいの」
セイディが考え込んでいると、ジャックとリアムの話し声が聞こえてくる。ジャックはセイディのことを苦手に感じているはずだ。嫌われてはいないだろうが、それでも苦手な相手と過ごすのは苦痛に決まっている。……ジャックを利用してまで、その情報は手に入れるべきものなのだろうか? ふと、セイディはそう思っていた。
(ジャック様の迷惑には、なりたくないわ。情報ぐらい、私自身で手に入れてやる)
その後、セイディはそう思い直した。リアムの提案というか誘惑は、とても魅力的だ。だが、それでも。人を利用してしまえば、レイラと一緒になってしまう気がした。それだけは、絶対に嫌だった。
「……リアム様、ジャック様。悪いのですが、私は――」
――そのお話には、乗れません。
だから、セイディはそれだけを残して魔道具を持って魔法騎士団の寄宿舎を後にした。後ろでは、リアムが「……なんでだろうね」なんて言っているのが、耳に入った。ジャックは、多分その場に硬直しているだろう。
(人を利用すると、レイラたちと一緒になってしまうわ)
心の中でそうぼやき、セイディは騎士団の寄宿舎に戻った。そうすれば、真っ先にいつものようにリオが出迎えてくれた。……出迎えてくれたリオの笑顔に、セイディの心は少しだけ安心できた。
次回更新は土曜日の予定です(o_ _)o))よろしくお願いいたします。