ミリウスの気がかり
「セイディ。少し、いいか?」
「……はい」
リアムからの手厚い(?)歓迎を受けた後、魔法騎士団の本部を後にしたセイディは、ふとミリウスに呼び止められた。ミリウスの服装はいつもの騎士の正装ではなく、王族の正装だった。どうやら、本日は王弟殿下として活動していたようだ。
「何か、問題でもありましたでしょうか?」
しかし、わざわざミリウスがセイディのことを呼び止める原因が分からない。仕事だっていつも通りきちんとやっているし、特に問題を起こしたわけでもない。セイディが騎士団の中で関わることが多いのは、アシェルとリオだ。……言っちゃあ悪いが、あまりミリウスとは関わっていないと思う。
「問題が起きそうだ、というだけだ。……今の段階では、ただの忠告」
そう言ったミリウスは、セイディのことをじっと見つめてくる。その視線が居心地悪く、セイディは露骨に視線を逸らしてしまった。普段のミリウスは、騎士団長としてその場にいる。だが、本日のミリウスは……王弟としてこの場にいるのだ。王位継承権がないとはいえ、ミリウスは王族である。
「お前の元婚約者は、ジャレッド・ヤーノルド。間違いないな?」
「……はい」
そんなミリウスの言葉に、セイディは静かに頷く。その情報をどこから手に入れてきたのかはよく分からないが、リオやアシェルにはすでに話してある。大方、そこら辺から手に入れてきた情報だろう。そう思い、セイディは「彼が、どうかなさいましたか?」と問いかけた。そうすれば、ミリウスは髪の毛を掻きながら「……問題を、起こすかもしれない」とゆっくりとぼやいていた。
「セイディ、忠告しよう。……お前、その男に探されているぞ」
「……探されて、いる、ですか?」
「あぁ、パトロールに出た騎士が、お前のことを探している男を見つけた。貴族名鑑と照らし合わせたところ、ジャレッド・ヤーノルドだったそうだ」
「それ、は……」
「そいつは誤魔化したが、探されていることだけは耳に入れておいた方が良いと思う」
ミリウスはそう言うと「……ま、どうするかは自由だ」と付け加えた。その言葉の意味を、セイディはすぐに理解する。……大方、ここにいても見つかるのは時間の問題だと言いたいのだろう。……出て行くのならば、早い方が良いとも。
(でも、引き受けた仕事だけはすべて全うしたいのよ……)
でも、セイディはそう思ってしまう。ジャレッドと今更顔を合わせるのは気まずい。彼に何を言われても心が揺らがない自信こそあるものの、気まずさは感じてしまうに決まっている。それに――魔法騎士団にも挨拶をしたのだ。今更背中を向けて逃げたくはないとも思ってしまう。
「……出て行く、残る。その選択は……もうしばらく、考えさせてください。私は、与えられた仕事はすべて全うしたいので」
「そうか。……ま、いざとなったらアシェルやリオが何とかしてくれるだろうな。……俺は、どうもしないけれど」
「さようでございますか」
「だって、俺そこまでセイディに情を感じていないし。ま、嫌いでもない。仕事の腕だけは、認めているし」
「ありがとうございます」
ミリウスの素っ気ない褒め言葉に、セイディは頭を下げてお礼を言う。普段ならば、ここまでする必要はないのかもしれない。しかし、本日は事情が違う。目の前にいるのは、騎士団長ではなく王弟なのだ。
「じゃあな、セイディ。……選択は、早い方が良いと思う。……あと」
「どうかしましたか?」
「――セイディの力は、普通の力じゃないと思うから」
たった一言、それだけを残したミリウスは、セイディの前から立ち去っていく。その言葉を聞いたセイディは、ただ頭の上にはてなマークを浮かべることしか出来なかった。
(私の力……聖女の力のこと、よね?)
むしろ、それ以外にないだろう。セイディが持っているのは、聖女の力のみ。それ以外に特別優れた能力はないはずだ。
(……でも、今は私の力のことよりもジャレッド様のことの方が気がかりよね……。どんな理由で私のことを探しているのかは知らないけれど、見つかったら面倒なことになるのは間違いないわ)
そもそも、セイディを神殿から追い出したのはほかでもないジャレッドである。レイラの言葉を鵜呑みにしたのも、ジャレッド。今更どの面下げて会いに来るのだろうか。
「……出て行くのならば、早い方が良い、か」
それに……その言葉は、真実だろう。だから、これからのことを少し真剣に考えた方が良いかもしれない。他国に行くなり、旅をするなり。選択肢は無限大だ。……ここに居続けることだけが、正解ではない。
「ま、今は目の前の仕事を片付けなくちゃ」
もしも、出て行くとしても。それまでは仕事を全うしたい。それが、セイディの気持ちだった。
次回更新は火曜日の予定です(o_ _)o))