セイディの力、忘れたくない人
「私は、その、大丈夫、です」
リオの手に視線を向けながら、セイディは静かにそう言う。その言葉を聞いてか、リオは静かに「良かったわ」と告げる、セイディの身体を解放してくれた。セイディが次にあの男性に視線を向ければ、その男性は喚きながらも警備の人たちに連行されている途中のようで。その男性は、セイディとリオを憎々しいとばかりに睨みつけていた。
「……えっと、あの、リオさん、怪我は……」
「あら、これぐらい大丈夫よ」
セイディの問いかけに、リオは何でもない風に手を見せてくる。しかし、切られているのか血が出ており、その傷跡はどこか痛々しい。……自分なんて、守らなくてもよかったのに。心のどこかでそう思う気持ちはあったが、顔には出さずに「……治しますね」と言ってセイディはリオの手に手のひらをかざした。
「……セイディ?」
「私、元聖女ですから。ある程度の怪我は、治せます」
その言葉通り、セイディの手のひらからは温かい光が溢れ、リオの手の傷を癒していく。傷は幸いにも浅かったようで、すぐにふさがった。さすがに血が消えることはないので、セイディは自分のワンピースのポケットを探るものの生憎血を拭えるようなものは見つからない。
「ごめんなさい。ハンカチとか、持っていなくて……」
苦笑を浮かべながらセイディがそう言えば、リオは「そこまでしてもらうわけにはいかないわ」と言い自身の持っていたハンカチで血を拭う。そして、リオは自分の手をふと見つめた。そこには傷跡一つ残っておらず、それがセイディの力なのだと再認識した。
(いくら聖女でも、このスピードで全ての傷を癒すことは難しいわ。……もしかしてだけれど、この子の聖女の力、強いの?)
心の中でそうぼやくが、セイディはこれを「出来て当然」と思っているのか、得意げな顔一つしない。そのため、リオは「ありがとう」とだけ告げてセイディの力について問い詰めることはしなかった。もちろん、何かがあってはいけないのでミリウスやアシェルには伝えた方が良いのかもしれないが。
「……災難ね。ひったくり兼通り魔みたいな人に遭っちゃうなんて」
「そう、ですね」
「でも、セイディが無事でよかったわ」
空気が重苦しいのを気にしてか、リオは明るい声でそう言う。そのため、セイディも出来る限りの笑みを浮かべた。リオが自分を気遣ってくれているのは、分かる。それに、なんだか心配されるのは不思議な感じだ。……昔、一人だけいた友人との日々を思い出してしまう。
(あの子は……今は、どうしているのかしら?)
そう思うが、その友人と連絡を取る術もなければ、今どこにいるのかもわからない。つまり、思いをはせても会う術はない。それに、そもそも――彼女は、セイディのことをすっかりと忘れてしまっている。
(セレスト。貴女のこと、私、今もはっきりと覚えているわよ)
それだけを心の中で唱え、セイディはリオに向き合う。その後「……行きますか?」と問いかけた。こんなことがあったのに、心を切り替えるのが早すぎるかもしれない。そんなことを考えてしまうが、元々買い出しに来たのだ。買い物をしてもおかしくはない。
「そうね。適当に買い出しをして……その後、ちょっとだけお茶でもしましょうか」
「え?」
「さっきのお礼も兼ねてよ。私のおごりだから心配しなくても大丈夫」
「い、いえ、そう言うことを心配しているのでは……」
何故、リオはこう強引ところがあるのだろうか。セイディは目をぱちぱちと瞬かせ、どう断ろうかと考える。しかし、リオが強引に「いいから、いいから」と言ってくるので、断る気には慣れなくて。小さく「少しだけ、ならば」と答えていた。
(そもそも、お礼をしなくちゃいけないのはこっちなのに……)
セイディ一人守ったところで、メリットなどないに等しい。それでも、守ってくれたのは――友情があるからなのだろうか。だが、友情など儚く散ってしまうものだ。それを、セイディは理解している。友情とは『記憶』があってこそ、成り立つものだ。『記憶』が消えれば、その時点で終わり。
それでも……信じたい。そう思ってしまうのは、何故なのだろうか。そう思いながら、セイディは自分に屈託のない笑みを向けてくれるリオに、ついて歩いた。
(ミリウス様のことも、アシェル様のことも、リオさんのことも、信じたい。でも……)
――もしも、あの子の様になってしまったら、また自分は傷つくのではないだろうか。
それは、想像もしたくない悪夢。もう二度と体験したくない――経験。
明日の更新は諸事情によりお休みです(o_ _)o))
(4月の初めから2週間ほど、2日に1回ペースになると思います。すみません)