リオの怒り
「魔法騎士団に所属している人?」
「はい、今は少しでも判断材料となる情報が欲しくて……」
リオの問いかけに、セイディはそう返し、少しだけ眉を下げた。ジャックのような人間ばかりだった場合、確実に迷惑になる可能性がある。元々騎士団も魔法騎士団も女人禁制ということもあり、女性慣れしていない人が多いと考えられた。……まぁ、アシェルが頼んできた時点でそこまで迷惑だとは思われていないのだろうが。
「そう。うち……騎士団の方は結構フレンドリーな人が多いでしょう?」
「はい」
「逆に魔法騎士団の人たちは……一言で言えば、変人の集まりよ」
「……へん、じん?」
それは、どういう意味だ。そう思いながら、セイディが目をぱちぱちと瞬かせていれば、リオは「変な人ばっかりって言うこと」と言いながら近づいていく街並みに視線を移した。その目はとても綺麗であり、嘘をついているようには見えない。そう思いながら、セイディはリオの言葉を待つ。
「そう。ジャック様以上の変人の集まりよ」
「……それは、あの」
「あぁ、でも悪い人ばかりという意味じゃないから。いえ、悪い人もいるかもしれないけれど……」
苦笑を浮かべながらそう言うリオに、セイディはどういう反応を返せばいいかが分からなかった。悪い人もいる。それは、脅しの意味も含めているのだろうか? そもそも、リオは嘘をつかない人のはずだ。実際、悪い人がいると捉えて問題ない……はずだ。何が悪いのかは、分からないが。
「一つだけ言っておくと、魔法騎士団に所属するリアムっていう男には、近づかない方が良いわよ」
「……リアム、様?」
「えぇ、そう。彼は無類の女性好きでね。きっと、セイディのことを気に入っちゃうと思うのよ」
リオは真剣なまなざしをセイディに向け、そんなことを忠告してきた。そのため、セイディは「肝に銘じておきます」ということしか出来ない。
(リアム様、ね。きちんと憶えておかなくちゃ)
心の中でそう唱え、セイディはすぐ目の前に迫った王都の街に足を踏み入れていく。リオと共に並んで歩けば、やはり女性から視線が注がれる。リオに注がれる熱い視線と、セイディに注がれる妬みの視線。それに露骨だと呆れながらも、セイディは「まずは、どこに行きますか?」とリオに声をかける。
「そうねぇ。とりあえず、いつも懇意にしている食材屋から行こうかしら。あそこはね、異国の美味しい食材も取り揃えているのよ」
「それは……楽しみ、です」
その言葉に柄にもなく心が弾むのは、きっとセイディの食い意地が張っているからだろう。それを自覚しながらも、セイディはリオに連れられ食材が売っている店が並ぶ通りに向かっていく。街の端の方にあるその通りは、予想通り人でごった返していた。
「セイディは――」
そして、ふとリオがセイディに声をかけてきた時だった。周りのざわつく声が、セイディとリオの耳に入った。だからこそ、慌ててその声の先を追う。そうすれば、刃物を持った一人の男性が女性から鞄を奪い取っている現場が見えた。
「どけどけー!」
その男性は刃物を振り回しながら、そう叫びセイディとリオの方に向かってくる。他の人たちは、男性に怯え道を開けていく。セイディも、とりあえず逃げようと思った。ここで変に怪我をするわけにはいかない。そう思い、逃げようとするが男性は何故かセイディの方に向かってくる。
「セイディ!」
刃物の先が、セイディに向けられる。どうやら、男性の次のターゲットはセイディになってしまったらしい。それに気が付き、セイディは魔法で何とかしようと手をかざす。しかし、土壇場で魔法を使ったことがないためか、上手く詠唱が出来ない。
(……来るっ!)
逃げなくては。だが、あの男性は間違いなく自分をターゲットにしている。変に逃げれば、間違いなく一般市民が巻き添えになってしまうだろう。脳裏でそんなことを考え、セイディが目を瞑った時――。
「……本当に、はた迷惑な人間よねぇ」
セイディの身体が、誰かに引き寄せられた。そして、ゆっくりと瞼を開ければセイディのことを抱き寄せるリオが、いた。リオはその男性の手首をもう片方の手で掴んでおり、その手からは少しだけ血がにじみ出ている。……大方、セイディを庇った際についてしまった傷だろう。
「……そう言う人、私は大嫌いなんだけれど?」
冷たい声でそう言い、リオがその男性を突き飛ばせば、男性は地面に倒れこむ。その隙を狙い、やってきた警備の人たちはその男性を取り押さえていた。
「……セイディ、大丈夫?」
「え、えっと……」
そして、次にセイディにかけられたリオの声は、いつも通りの優しいものだった。