嫌われていますか?
(魔法騎士団ということは……)
その名を聞いて、セイディの脳裏に一番に思い浮かんだのは団長のジャックのことだった。ジャックは女性慣れをしていないらしく、セイディのことをあまり好意的に見ていないように見える。時折外ですれ違うものの、セイディに近づいてこようとはしない。挨拶をしても「……あぁ」と返してくるだけだ。
「まぁ、セイディが嫌だったら別に構わないんだけれどさ……」
セイディの沈黙を嫌がっていると受け取ったのか、アシェルがそんなことを言う。そのため、セイディは慌てて首を横に振った。それは、嫌ではないという意味だ。
「いえ、嫌というわけではないのです。ただ……」
「ただ?」
「団長のジャック様が、嫌がるのではないかと思いまして……」
女性慣れしていないだけならばまだしも、女性嫌いということはないだろうか。そうなれば、セイディが側にいるのも嫌がるだろう。ましてや、ジャックは団長である。嫌でも関わらないといけない。
「ジャックが?」
「え、えぇ。私と時折すれ違っても、近づいてこられませんし、挨拶をしても『あぁ』としか返してくださいませんから」
苦笑を浮かべながらセイディがそう言えば、アシェルとミリウスはすぐに顔を見合わせる。その後、ミリウスはゆっくりと口を開いた。その目は何処か面白がっているようであり、セイディは疑問を覚えてしまった。……何故、そんな表情をするのか、という意味で。
「あれは本当に女性慣れをしていないだけだ。別の女性が嫌いというわけではないぞ」
「そうそう。それに……どちらかと言えば、あの人はセイディに興味があると思う」
「……はい?」
ミリウスとアシェルの言葉に、セイディは素っ頓狂な声を上げてしまう。ミリウスの言葉は、まだわかる。しかし、アシェルの言葉はどういう意味だろうか。そもそも、興味があるのならば避けたりしないはずだ。……そう思ったものの、もしかしたらの可能性が脳裏に浮かんだ。それは……どう接すればいいかが分からないということ。
「……単純に、どう接すればいいかが分からないだけだ。ジャックとは長い付き合いだからな。アイツのことは分かると思う」
「はぁ」
「別に嫌われているわけじゃないから、安心して良いよ。……って、もうこんな時間か。俺たちはそろそろ私室に戻るから、セイディも前向きに考えてくれると……俺たちが、嬉しい」
アシェルはミリウスの言葉を引き継ぐ形でそう言い、「おやすみ」という言葉だけを残しミリウスを連れ、セイディの私室の前から立ち去っていく。残されたセイディはそれを見て茫然とし、立ち去っていく後ろ姿を眺めていた。
(嫌われているわけじゃないのならば、良いのだけれど……)
そう思いながら、セイディは「ふぅ」と息を吐く。給金が増えるのならば、正直そのお願いは魅力的過ぎる。元よりセイディは効率的に動くのが得意だ。今更仕事が少し増えたところで、困りはしない。今だって、結構時間に余裕があるのだから。
(……そう言えば、魔法騎士団ってどんな方々が所属しているのか、訊けばよかったなぁ)
そして、そうとも思う。もしも、面倒な人や要注意人物がいるのならば、最初に教えてもらった方が良いに決まっている。騎士団の面々はフレンドリーで良い人が多いが、魔法騎士団も同様なのかは分からないからだ。
「ま、返事は急がないみたいだし、明日にでもゆっくりと考えよう」
扉を閉め、セイディはテーブルの上に置いておいたコップ一杯の水を飲み干し、寝台の方に戻った。寝台の側にある窓から見える外の景色はとても美しい。真ん丸な月と、煌びやかな星。雲一つないことから、月も星も今日は綺麗に見える。
(綺麗。私の未来はどうかは分からないけれど……まぁ、暗くはないと良いかな)
フレディの言葉は気になるし、魔法騎士団についても気になる。だが、今はそればかり気にしてはいられない。まずは、目先の仕事を片付けて行かなくては。そう、セイディは思い直した。
(フレディ様の言葉に真実味があるのは、彼が未来を見据えているような雰囲気を持っていらっしゃるから……なのだろうな。ま、私が彼の思う未来通りに動くかどうかは、分からないのだけれど)
自分が誰かに恋をされ、またそれを受け入れるとは到底思えない。想像もできない。そう思いながら、セイディはゆっくりとも毛布にくるまり、ランプを消した。今日は疲れた。だから、きっとゆっくりと眠れるだろう。そんなことを考えて、セイディは瞳を瞑った。
(また、明日も仕事を頑張ろうっと)
心の中でセイディはそう唱え、すぐに眠りに落ちた。考えることはたくさんある。しかし、眠ることはとても大切だ。それが分かっていたからこそ、セイディはあまり徹夜をしないのだ。