いずれ訪れるかもしれない未来について
その美しい表情を見ていると、セイディは思ってしまう。フレディの言葉は、図々しくなんてない、と。むしろ、そう思ってもらえたことが嬉しかった。ここで、認められていると感じることが出来るから。
「いえ、図々しくなんて、ない、ですよ」
騎士たちは温かくセイディのことを受け入れてくれた。それに、今だってフレンドリーに接してくれる。それは、セイディにとって未知の体験でもあり、とても嬉しいことだった。
「むしろ……その、嬉しいって、思い、ます」
今までセイディに「おかえり」なんて言ってくれる人、いなかった。オフラハティ子爵家にいたころは、使用人さえ遠ざけていた。自分に関わると、ろくなことにならないからだ。一度使用人がセイディに親切にしているところを見た継母は、その使用人をクビにした。それが、セイディにとって軽いトラウマだった。
「ここに、私がいてもいいのですよね? 実家に帰れ、なんて言われない……ですよ、ね?」
「そうだね。少なくとも僕や団長たちは追い出そうとは思っていないよ。……ま、他の騎士たちがどうなのかは知らないけれど。もしもそれで『帰れ』って言うような人がいるのならば、僕と暮らせばいいよ」
「いえ、それは、遠慮しておきます……」
「……口説けるかと思ったのに」
そう言って、フレディは目の前のお茶を飲む。その表情はどこか美しいが、どことなく寂しそうにも見えてしまう。もしかしたら、フレディは言葉は軽いだけで本気……なのかもしれない。そう一瞬思ったが、こういうタイプは調子に乗ることが多い。だからこそ、セイディはフレディに対して塩対応を続ける。
「そう言う冗談、面白くないですよ」
「冗談じゃないのに」
セイディの言葉に、フレディは苦笑を浮かべながら「どうやったら、本気になってくれるんだろうね」なんて言いながら、テーブルに手をかざしてお菓子を出してくれる。そのお菓子はマドレーヌであり、フレディは「どうぞ」なんて言いながらお皿をセイディの方に差し出してくれた。
「いつも思っていますけれど、フレディ様はそのお菓子をどこから調達していらっしゃるんですか?」
「お菓子はこっそりと料理人に分けてもらっているよ。僕、これでも料理人と『は』仲が良いから」
「……『は』ってことは、他は……」
「……訊いちゃいけないこともあるんだよ」
問いかけに、フレディはそう返してくると「ま、深い意味はないけれどね」とだけ言い、マドレーヌを一つ口に放り込む。それを見て、セイディもマドレーヌを小さくかじった。もうじき夕食だ。だから、あまりたくさんは食べられないが、一つ二つぐらいならば問題ないだろう。
「今日はケーキを食べてきたんだっけ。僕もさすがにケーキは調達できないからね、ごめんね」
「いえ、気にしていません。……三回に一回ぐらい、美味しいお菓子を分けていただいていますから」
セイディが冗談交じりにそう言えば、フレディはクスッと声を上げた後「……だったら、良かった」なんて言ってくれる。その後「セイディは、ずっとここにいるの?」なんて問いかけをしてくる。だからこそ、セイディは何の躊躇いもなくうなずいた。
「私は、追い出されるまではここに居座るつもりです。……許してくだされば、ですけれど」
「……そう」
しかし、セイディのその言葉にフレディはどことなく寂しそうな表情を浮かべていた。そして、意を決したようにセイディの目をまっすぐに見つめてくる。それを見たセイディが小首をかしげれば、フレディはゆっくりと口を開く。
「それは、無理かもしれないけれどね」
「……え?」
フレディの唐突なその言葉に、セイディは目を見開く。そうすれば、フレディは「キミは、自分のことをわかっちゃいない」とセイディに告げてきた。
「キミは、ずっとはここにいられないと僕は思う。僕はずっといてほしいって思っちゃうけれど……無理だ」
「何故……」
「もうじき、分かるよ。あのね、ここにいられなくなるのは騎士たちがキミに嫌悪感を持つからじゃない。騎士たちが――キミに、好意を持つからだ」
「……好意」
「そう。そして、キミは誰か一人を選ぶ。そうすれば……キミはここにはいない。きっと、誰かの妻になる」
――そう言う冗談はよしてほしい。
そうセイディが言おうとしたものの、フレディの目は冗談を言っているようには見えなくて。そのため、口を閉ざしてしまった。
(それは、私が誰かを選んで結婚するということ? そんなの……ありえないのに)
一度婚約を破棄された女性は、次の婚約にこぎつくことは難しい。それぐらい、セイディだって知っている。けど、フレディの言葉は真剣であり、冗談には聞こえない。その所為だろう……セイディの心が、ざわつく。
「その中に、僕は入るだろうね、確実に。……僕の気持ちは、本物だから」
「あの!」
「……じゃあね、セイディ。今日はここでお暇するよ。……また、お茶をしようね」
セイディの言葉を聞くこともせず、フレディはゆっくりと立ち上がる。最後に「ティーセットは今度回収するから置いておいて」とだけ残し、窓から立ち去っていく。
(変な、気持ち)
フレディの言葉を「冗談」だと蹴り飛ばすことが出来たならば。きっと……ここまで、悩まないで済むのに。どこか真実味のある言葉たちは……セイディの心を、確実に揺らしていた。
シリーズに外伝として『冷酷無慈悲な北の隊長は、初恋少女に二度目の恋をする』という作品を追加しました(n*´ω`*n)同じ国が舞台のお話です。
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