エピローグ(2)
本日書籍第5巻(電子限定)配信日です!
どうぞよろしくお願いいたします……!
彼の瞳を見つめた。
数秒後、ミリウスは大きく伸びをする。
「……陛下に報告しておく。今の俺にはそれしかできないからな」
「うん、ありがとう」
それでいい。
正直、今すぐに答えがもらえるとは思っていなかった。彼は考えなしのように見えて、実はきちんと考えている。
「あと、あの二人にセイディとアシェルを同行させたい。大丈夫か?」
彼の言う『あの二人』とは自身の護衛騎士ライネリオと、その妻オフェリアのことだろう。
ライネリオからはしばらくの間の休暇申請があった。オフェリアも同様のものを神殿に届け出ている。
(妖精を助けるため――か)
ライネリオの側に妖精がいることは知っていた。
彼が妖精と契約し、力を使役していることも知っていた。
でも、クリストバルはライネリオと妖精の間には、利害の一致しかないと思っていたのに。
(信頼関係はない。あの間にあるのは、利害の一致だけだったはずだ)
けど、彼は妖精を助けるという手段をとることにした。人というのは、恐ろしいほどに変わってしまうものだ。
「同行させるのは大丈夫だよ。僕からも連絡を入れておくから、止められることはないようにしておく」
「助かる」
話が終わった。
ミリウスがもう一度大きく伸びをして、立ち上がる。退室しようとしたところで、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「閣下、至急ご連絡したいことが!」
「……どうした?」
この声は自身のもう一人の護衛騎士のものだった。
怪訝に思う気持ちを隠すことなく問いかけると、扉が乱暴に開く。
「実は、閣下に面会を求めている人がいるのです」
「……こんな夜遅くに?」
眉をひそめた。護衛騎士は大きくうなずく。
「実はその人は」
「……うん、わかった」
彼の言葉で面会を求める人物が、ただ者ではないことに気づいた。
クリストバルがうなずくと、護衛騎士は一礼をして立ち去る。
「こんな時間なのに、いいのか?」
ミリウスがクリストバルを見てくる。あいまいな笑みを返した。
「普段はダメだよ。ただ、彼の態度を見ていると、ただ者じゃない気がしたんだよ」
「へぇ」
興味があるのか、ないのか。ミリウスの返事はよくわからないものだ。
苦笑を浮かべていると、もう一度扉がノックされる。今度は返事を待たずに開いた。
「閣下、こちらの方が閣下への面会を――」
「――はじめまして」
きれいな声だった。顔をあげる。視界に映ったのは、とても美しい品のある女性だった。
(衣服自体は高価なものだね。なのに、どうしてこうも――ボロボロなんだろう)
まるで脱獄してきたかのような。そんな雰囲気を醸し出している。
「……ヴェリテ公爵。折り入ってお願いがあります」
女性が頭を下げる。普段なら不敬だとか無礼だとか。そう言えたはずなのに。
彼女の凛とした立ち振る舞いに、なにも返せなかった。
「まずは、名乗るのが礼儀じゃないのか?」
口を開いたのはミリウスだ。女性は困ったような笑みを浮かべたものの、背筋を正す。
「私は、ミスティ。ミスティ・ヴィヴィアナ・ブライトクロイツと申します」
ブライトクロイツという家名には、聞き覚えがあった。
かつて存在した――帝国貴族の家名だ。
ということは、彼女は帝国の人間なのか。
疑うようなまなざしを向けると、ミスティは表情をこわばらせる。
「……私は、マギニス帝国の人間です。帝国内では、未来の皇后などと、呼ばれております」
震えた声に嘘は含まれていない。
「その未来の皇后さまが、公爵になんの用だ」
なにも返せないクリストバルに代わり、ミリウスが彼女から言葉を引き出していく。
素直にありがたかった。今、自分は明らかに動揺している。まともな返答ができるとは思えない。
「先ほども言った通り、折り入ってお願いがあります」
「お願い、ねぇ。……帝国の人間のお願いなど、願い下げかもしれないぞ」
挑発的に笑ったミリウスに、ミスティはひるまなかった。むしろ、深々と頭を下げる。
「お願いしてみないと、なにもはじまりません。どうか、聞いてください」
「――いいよ、言うだけ言ってみて」
気づいたら、言葉を促していた。
クリストバルの言葉を聞いたミスティが「ありがとうございます」と礼を口にする。
「先ほど言った通り、私はマギニス帝国の人間。……ですが、国から逃げたく思っているのです」
「……未来の皇后さまが?」
ミリウスの言葉に、ミスティは神妙な面持ちでうなずいた。
「私は皇后になりたくてなるわけじゃないのです。むしろ、なりたくない」
「自分勝手な理屈だね」
「重々承知しております。けど、このまま私が帝国にいても、いいことなんてなにもない」
彼女がこぶしを握った。彼女の意思は強いと察する。
「ですから、どうか、どうかお願いいたします」
先ほどよりもずっと深く、ミスティが頭を下げる。
「どうか、私のことを匿っていただけませんでしょうか?」
本日の更新分で少々お休みをいただきます。年内には再開できたらいいなぁと思っておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。




