エピローグ(1)
夜。窓の外では雪が降っていた。
執務室でクリストバルが窓の外を見ていると、控えめに扉がノックされる。
「どうぞ」
声をかけると、扉が開いた。
顔をのぞかせたのは、クリストバルの妻であるリリアナだった。
彼女は長い茶髪を一つに結い上げている。リリアナが頭を下げると、動きに合わせて髪の毛も揺れる。
「私はお先に失礼しますね」
「うん、わかったよ」
リリアナが顔をあげたタイミングで、微笑んだ。
彼女はわずかに視線をさまよわせて、執務室の扉を閉める。
もう一度窓に視線を戻した。
(リリアナにも、いらない心配をかけちゃっているなぁ)
妻であるリリアナは、クリストバルよりも十歳年下だ。クリストバルにとって幼馴染で可愛い妹分だった彼女は、親に命じられクリストバルの妻となった。
彼女が婚約者になると知ったとき、クリストバルはたくさん悩んだ。
だって、自分は彼女よりもうんと年上だ。これが彼女の幸せになるとは思えなかった。
「……リリアナは文句ひとつ言わずに、必要なことをしてくれる。ありがたいんだろうねぇ」
けど、時々思うのだ。
――これが彼女の望んだ日常なのだろうか、と。
一人感傷に浸っていると、今度は乱暴に扉がノックされた。待ち人が来たと、クリストバルは真面目な声で返事をした。
「公爵閣下」
「うん、来てくれてありがとう」
現れた男――ミリウスに笑いかける。
「だいぶ遅い時間だし、さっさと話を済ませよう。そっちにどうぞ」
執務室の応接用ソファーを彼に勧める。ミリウスが腰を下ろしたのを見て、クリストバルも対面に座った。
「……さっき、女がここに来てただろ」
脚を組んだミリウスが、意外な話題を振ってきた。驚いて顔をあげると、彼は真剣な表情だ。
「リリアナなら、来たよ」
「そうか」
妻の名前を出す。ミリウスは表情を動かさなかった。
「……リリアナに、なにか用事でもあった?」
笑みを張り付けて、ミリウスに問う。
彼は首を横に振った。ちょっとだけ安心した。
(ミリウス殿下は、僕よりもずっと年下だ。……リリアナも、僕よりも彼みたいな人がいいんじゃないの?)
年齢が近いほうが絶対にいい。
なんて頭で理解していても、クリストバルはリリアナと結婚した。
婚約者の打診を、断ることもできたはずなのに。
「……二人して、思いつめてるんだな」
ミリウスのつぶやきに、目を見開いた。
「それは、どういう――」
「こんな無駄話をしに呼びだしたんじゃないんだろ」
彼の言葉は、この話題の打ち切りを意味していた。
気になるものの、確かにこんなことを話すために呼び出したわけじゃない。
クリストバルは自身の手の甲を軽くつねって、気持ちを切り替えた。
「昼間、僕たちはキミに助けてもらったね」
真剣な声で告げると、ミリウスは興味のなさそうな表情になる。
彼は自分の成し遂げたことに興味がない。よく知っている。
(この男の興味のあることは――自分よりも強い相手がいるかどうか)
それ以外のことは、二の次だ。
「今回のことを、国の重鎮たちに報告した。……僕は、責められてしまったよ」
「ほう」
「僕の考えが甘いんだってね。……自分たちも賛同していたくせに、僕一人に責任を擦り付けてくるんだよ。嫌になるね」
背もたれにもたれかかった。ミリウスはなにも言わなかった。
「重鎮たちにとって、僕は面倒な人間だろうね。自分たちの思い通りにならないから、仕方がないけどさ」
クリストバルは知っている。
重鎮たちが本当は自分を疎ましく思っていることに。
表では持ち上げてくるくせに、裏ではクリストバルのやり方を否定している。
まったく、本当に嫌になる。
「だから、僕は自分の側近たちと裏で動くことにしたんだ」
ミリウスを見つめる。エメラルド色の瞳は、相変わらずほれぼれするほどに美しい。
子供心を忘れない彼は、いつだって無邪気だ。なのに、いつだって正解の答えを導き出す。
「王国と同盟を結びたい。今は秘密裏にしかできないけど、いずれは大々的に」
重鎮たちが反対するのは目に見えていた。
「僕はなにがなんでも国を守る。……ここは、僕にとって大切な場所だから」
憧れの聖女パトリシア。今までは彼女が生まれた土地だから、大切な場所だった。
(けど、違う。僕は公爵になって、たくさんのことを知った。……僕は、この公国が大好きだ)
雪ばかりだし、寒いし。なんなら地形もあまりよくないけど。
でも、大切なことに間違いはない。
「ミリウス殿下、どうか頼めないかな?」
いよいよ第5巻が明日配信開始です!
次は日付が変わったころの更新です!




