アリシア・ロニヤ・アスペル(2)
一応と人払いをして、セイディはアリシアと向き合った。
セイディの隣にはオフェリアがおり、彼女の表情は厳しいものだ。
聖女の仕事に誇りを持つオフェリアにとって、アリシアの態度は到底許せるものではないのだろう。
「……なんのつもり」
アリシアが目を吊り上げた。
「あの聖女たちに勝手に指導をして。……許可した覚えはないんだけど」
「神官長たちに許可はいただいております。それに、アリシアさんにもお話は通したはずですよ」
セイディはミカルを通して、アリシアにこの件はすでに伝えていた。
今の今まで「知らなかった」は通らない状況なのだ。
「えぇ、話は聞いたわ。けど、私が許可した覚えはないのよ」
ツンと澄まし、アリシアがソファーの背もたれにもたれかかる。彼女の瞳は攻撃的な色を宿していた。
「神官長たちが許可を出そうが、私の許可がないとダメなのよ。……ここの権力者は私なのだから」
傲慢な発言だが、セイディにはこの発言が強がりにしか聞こえなかった。
だって、ずっと前の自分の側には、同じような少女がいたのだから……。
「実質的な権力があなたにあろうと、一般的には神官長が権力者です。彼の許可を得ることができている今、あなたに許可をいただく必要はありません」
アリシアの瞳を見る。目の奥にわずかな動揺。強く言い返されるとは思わなかったのだろう。
「私はクリスティーンさまの末裔よ! そんな私をないがしろにしてもいいと思っているの!?」
立ち上がり、テーブルをバンっとたたく。
その態度にセイディは息を吐いた。
「その理屈、めちゃくちゃですね」
「――は?」
おもむろに立ち上がり、彼女の隣に移動する。ルビー色の瞳で彼女を見下ろした。
「あなたがクリスティーンさまの末裔なら、私の実母はパトリシアなのですよ」
「……っ」
この公国で聖女パトリシアの名前は知れ渡っている。オフェリアに教えてもらった。
「あなたの言っていることは、こういうことです。私はパトリシアの娘です。だから――なにをしても許される、と」
実際そういう行動をするつもりはないが、アリシアにはこう伝えるのが一番効く。
「あなたはパトリシアじゃないじゃない!」
「……それ、そっくりそのままお返ししますよ」
アリシアはクリスティーンの権力をかさに着て、やりたい放題だ。でも、セイディがパトリシアの名を使うことは許さないと。
ここまで自分勝手だと、あきれてしまう。
アリシアにぐっと自身の顔を近づける。視線をからませ、セイディは口を開く。
「あなたはクリスティーンさまじゃない。だから――その名前に縛られる必要はないんですよ」
彼女の瞳が大きく揺らいだ。
セイディは元の位置に戻って、ソファーに腰かける。隣に座るオフェリアは動揺していた。
「アリシアさんの言葉は正しいです。私はパトリシアじゃない」
「……う」
「でも、それってあなたにも当てはまります。あなたはクリスティーンさまじゃない」
首を横に振ると、アリシアがうつむいてしまった。彼女の肩が微かに震えている。
「わ、私はアスペルの……」
アリシアの声は震えていた。何度も「アスペル」と口にしている。
(ということは、アリシアさまを縛っているのはクリスティーンさまではなく、アスペルのほうなのかもしれない)
彼女の家のアスペル家になんらかの問題があるのかも。
「いっそ、家なんて捨ててしまえばいいんじゃないですか?」
今思いついたように、わざとらしく声をあげた。アリシアがはっと顔をあげる。
「苦しめる家なんて、捨ててしまえばいいじゃないですか」
「……そんなの」
「自分が苦しんでまで、そこにすがる意味なんてありますか?」
突然のセイディの言葉に、オフェリアがぎょっとしている。アリシアは唇を震わせていた。
「所詮家は家ですよ。捨てたって問題ない」
「……あ、なたになにがわかるのよ!」
大きな声だった。アリシアの瞳に怒りの炎が燃えている。
「私が聖女じゃなかったら、アスペル家は落ちぶれたと言われるのよ! 全部が私にかかっているの!」
なにも返さなかった。アリシアは返事がないことをいいことに、言葉を続ける。
「お父さまもお母さまも、私に期待しているわ。私に聖女の力があると知って、どれだけ喜んだか。名門家系を救えるのは私だけだって、言っていたわ!」
「……勝手な重圧ですね」
「違う! お父さまやお母さまは、私を大切にしているわ。あなたは私たちの大切な――聖女だって」
アリシアが大きく息を呑んだ。
顔をあげた彼女の双眸が揺れている。唇が震えていた。
「……聖女、ですか」
セイディが繰り返した言葉に、アリシアが崩れ落ちた。
「だって、私は、私は聖女、聖女……」
指先までを震わせて、アリシアがぼんやりと言葉を繰り返す。
「聖女、聖女じゃない。私は聖女――クリスティーンさまの末裔」
繰り返す言葉に不穏な雰囲気が宿っていく。
「大切な聖女、愛している。聖女だから――愛しているの?」
彼女の頬を涙が伝う。
「じゃあ、聖女じゃなかったら――私に価値なんてないの?」
しんと静まり返った場に、アリシアの声がよく響いた。