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アリシア・ロニヤ・アスペル(1)

 時刻は十六時前。


 セイディとオフェリアはそろそろ公爵邸に戻ろうと帰宅の準備を始めていた。


「いつもありがとうございます」


 片付けをしていると、オフェリアが突然礼を言う。


 セイディがきょとんとしていると、オフェリアは微笑んだ。


「こんなこと――聖女たちの指導をしてもセイディさんのメリットにはならないのに――ということです」

「いえ」


 首を横に振る。


「私はなにかがしたかっただけです。このままでは、お母さまの立場を借りて威張っているようなものですから」

「……威張っていますか?」


 今度はオフェリアがきょとんとする番だった。


「なにもせずにお世話になるのは避けたいのです。私はただの平民ですから」


 手を動かしつつ自分の考えを伝える。オフェリアはわずかな間をおいて、小さな笑い声をあげた。


「そんな考えだったのですね。私にはありませんでした」


 彼女の態度に嘘は見えない。


「パトリシアさまの息女なのだから、なにもしなくても誰も責めませんよ」

「それだと私が嫌なのです」


 若干むっとしてオフェリアを見つめると。彼女は金の目を細める。


 どこか温かい視線に照れくさくなって、セイディは彼女からプイっと顔を背けた。


 今、室内には二人だけだ。聖女たちは仕事の時間だと祈りの間という場所に向かった。公国聖女は一日に三度、祈りをささげることが義務付けられているそうだ。


「私も祈ることができたらいいのですが」


 セイディも祈っていいかと尋ねたことがある。しかし、その問いは神官たちを困らせてしまった。


 公国の祈りの間に入ることが許されるのは、公国出身の聖女と神官だけだと。


 いくら公国出身の聖女パトリシアの血を引いているとはいえ、セイディが生まれ育ったのは王国である。


 理由を説明され、無理だろうと悟った。


「その気持ちだけで十分です」

「……あ、オフェリアさんってお祈りを何時頃にされているのですか?」


 彼女は常にセイディの側にいる。なら、聖女の義務だという祈りをこなせていないのではないか――と思った。


 もしも、そのせいで周囲からいい顔をされていなかったら申し訳ない。


「起きてすぐに一度、寝る前に一度。あとは帰ってから一度しています」

「……時間は自由なのですか?」

「はい。神殿ごとに決まっているところもありますが、エリザベト神殿は義務さえこなせば問題ありません」


 だったら、いいのだろう。セイディがあれこれ口を出す必要もない。


「そもそも、時間が決められているのは義務をこなさない聖女がいるからです。たとえば――アリシアさんのように」


 大きなため息だった。


「彼女は聖女の仕事であるお祈りさえもまともにしていないそうなのです。……本来なら、聖女の立場をはく奪になるのですが」

「クリスティーンさまの末裔だから、許されているのですね」


 ここに通うようになって、アリシアの存在が公国にとってどれだけ異質なのかを知った。


 初代筆頭聖女の末裔だからと、好き勝手を黙認されている。神官たちも強く出ることができない。


 これではほかの聖女たちに示しがつかないではないか。


「公爵閣下も最近しびれを切らしていらっしゃって。神官長も板挟みでつらそうです」

「クリストバルさまが……」


 セイディにはクリストバルが怒る光景が思い浮かばない。


 彼は大体いつもニコニコしていて、朗らかな雰囲気だ。


(けど、彼は国をまとめる立場だもの。優しいだけじゃやっていけないわよね)


 一人で納得した。


「公爵閣下は一度怒るととにかく怖くて。みな、恐れているのです」

「そんなにですか?」

「にこにこ笑顔で詰め寄ってこられますからね。無表情より怖いですよ」


 オフェリアの言葉には妙な説得感がある。


 彼女はきっと、クリストバルが怒った光景を目撃したことがあるのだろう。


「普段怒らない人のほうが、怒ったら怖いといいますものね」

「はい。その仮説を形にしたのが公爵閣下です」


 ここまで言われると、怒ったときの彼が気になった。


 もちろん、怒らせるようなことはしない。セイディが怒らせると、国際問題に発展してしまう可能性があるためだ。


「さぁ、そろそろ戻りましょうか――」


 気を取り直したオフェリアが声をかけてきたとき。廊下のほうが騒がしくなる。


 数人の揉めるような声が聞こえ、自然と気を引き締めた。


 部屋の扉がバンっと大きな音を立てて開く。青い髪を揺らしながら、ずかずかと歩いてくる一人の女性。


 彼女はセイディの前で立ち止まる。


「お話があるの、ちょっと来てくれない?」


 あくまでも自分のほうが立場が上だと言いたげな口調だった。


「アリシアさん。私は許可を出した覚えはありません」

「貧乏女は黙って。……私は彼女と話がしたいの」


 アリシアの瞳がセイディだけを映している。


 この様子では、了承して話をしないと彼女は引き下がらないだろう。


 セイディは手に持っていた鞄を下ろす。


「わかりました。お話ししましょう」

「セイディさん!」

「別に構いません。どうせ後日きちんとお話をするつもりだったじゃないですか」


 オフェリアをちらりと見て口を開く。


 彼女は黙ってしまった。


「ほかの人が同席しても大丈夫ですか?」

「そうね。別にいいわよ」


 アリシアは上から目線のスタンスを崩す気はないらしい。


「では、こちらのお部屋でお話ししましょうか」


 セイディの言葉にアリシアは無言でうなずいた。

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