アリシアという名の筆頭聖女(1)
その後、神官たちに神殿の内部を案内してもらった。
神殿自体の構造は王国とほとんど同じだ。違うことは信仰の深さだろう。
(女神の銅像だけではなく、歴代の筆頭聖女の肖像画が飾られているのね)
一室の壁には、歴代の筆頭聖女だという女性たちの肖像画が飾られていた。
見るからに大切に手入れされている肖像画は、神殿にとっての宝で誇りだという。
「こちらの手入れは我ら神官の仕事の一つなのでございます」
神官長だという男性が一礼をする。
セイディは肖像画を見上げた。肖像画は全部で七枚。彼女たちがこのクリスティーン神殿の歴代の筆頭聖女なのか……。
(そして、あちらの方がクリスティーンさま)
最も古びた肖像画には、青い髪を一つに束ねた美しい女性が描かれていた。
『クリスティーン・リサ・アスペル』
どうやらこれが彼女のフルネームのようだ。
「彼女は公国でも指折りの大商会の三女でした。貴族の生まれではありませんがとても裕福で、立ち振る舞いは完璧だったと聞いております」
若い神官はセイディの隣に立つ。彼はオフェリアに好意を向けている神官だ。
クリスティーンの肖像画を見つめる彼の双眸には、尊敬の念がこもっていた。
「また、現在アスペル家は公国から子爵の爵位を買い、貴族となっております。国外のいくつかの国でも爵位を有しているとか……」
「それほど、お金持ちということなのでしょうか」
肖像画に視線を向けたままつぶやいた。隣にいる神官がうなずいたのがわかる。
「アスペル商会は国外に向けた商売もしておりますので。お金は有り余っているのでしょう」
「……すごいですね」
語彙力のない感想だった。
でも、そうとしか思えないのだから仕方がない。
「しかし、アスペルの名を持つ者のみなが有能――というわけではないのでございますよ」
愁いを帯びた声を聞いたセイディは、彼に視線を向けようとした。
だが、タイミング悪く扉がバンっと音を立てて開く。驚いて振り返ると、一人の女性が堂々と立っていた。
(その後ろにいるのは……ほかの聖女かしら?)
怯えたように身を縮める後ろの聖女たち。比べ、堂々とした女性は遠慮なく室内に入ってきた。
背丈はセイディより少し低い。濃い青色の髪の毛を緩く巻いた彼女は、セイディを見上げた。アメジスト色の瞳がセイディを捉える。
「――この人が大聖女の娘?」
嫌味にも聞こえる声音だった。
「失礼ですよ、アリシアさま」
「あら、神官ごときが私に注意をするなんて。ミカルはずいぶんと偉くなったようね」
サイドの髪の毛を手で払い、女性はつんと澄ます。彼女の態度や声は、明らかに神官を見下していた。
「お客さまの前なのです。おやめください」
「うるさいわね。いい子ぶっちゃって、嫌になるわ」
大きくため息をついた女性は、もう一度セイディに視線をよこす。
「それで、質問に答えてくださるかしら?」
彼女の態度にどこか既視感があった。
(この人と前に会ったことがある? いいえ、違う。この態度は――)
答えにたどり着こうとしたとき、開いたままの扉からまた別の人物が入ってくる。
そこにいたのはオフェリアだ。彼女は金の瞳に怒りを宿し、女性に向き合う。
「あなたはどうしていつも勝手なことばかりなさるのですか。神官長にきつく言われていましたでしょう」
「は? 神官長の言いつけなんて守るわけないじゃない。だって、私よ?」
ふんっと声をあげた彼女は、オフェリアを強くにらみつけた。
「あと、貧乏女ごときが私に声をかけないでくれる? 貧乏が移るわ」
「そんなこと、今はどうでもいいでしょう」
オフェリアは目を伏せ、セイディに頭を下げる。
「申し訳ございません、こちらの聖女の無礼を公国を代表して謝罪させていただきますわ」
「公国を代表してとか、笑っちゃうわ。あんたみたいなのがいるから、公国はいつまでたっても世界のトップに立てないのよ」
「……公爵閣下はそんなことを望んでおりません。それに、公国は建国当時から信念を変えておりません」
「古臭い考え方に固執するのも、ここまでくるとおめでたいわね」
火花を散らし、口論をする二人の聖女。セイディは口をはさむこともできず、様子を見守った。
だって、自分は部外者だ。彼女たちの言い争いに口をはさむ権利はない。
「もういいわ。話にならない」
女性はちらりとセイディを見た。
その瞳に宿った感情を浴びて、セイディは既視感の正体にたどり着く。
「あんたはせいぜいあこがれのパトリシアさまに守ってもらうといいわ」
女性は扉に足を向け、部屋を出ていった。残ったのはセイディと神官、オフェリアだ。扉の外には相変わらずほかの聖女たちがいるようだが、入ってくるつもりはないらしい。
「……オフェリアさん。大丈夫でしたか?」
あれだけきつい言い方をされたのだ。傷ついていても仕方がない。
セイディがオフェリアを気遣うと、彼女は疲れたように笑った。
「いつもああなのです。私と彼女は性格上合わないのでしょうね。私もついついヒートアップしてしまって……」
「悪いのはすべてアリシアさまです!」
オフェリアの声を遮ったのは、かの神官だった。彼はこぶしを握り締め、肩をぷるぷると震わせていた。