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神殿へと(2)

 玄関で待っていた馬車に乗り込む。オフェリアは御者に行き先の指示を出すと言い、少し席を外していた。


「公国の馬車って、ちょっと造りが違うのね」


 なんでも、雪道を走るための装備を搭載しているらしい。ここに来るまでにオフェリアに教えてもらった。


 興味津々で車内を見渡していると。開きっぱなしの扉からエルが顔をのぞかせて――飛び乗ってきた。


「え、エルちゃん? ついてくるの?」

「にゃぁ」


 セイディの問いかけにエルはタイミングよく鳴いた。


 さらに、セイディの正面の座席に乗り、丸くなる。このまま動くつもりはない――と言いたげな態度だ。


「……連れて行ってもいいの?」


 公国の神殿とは、猫が立ち入ってもいいところなのだろうか?


「お待たせいたしました」


 オフェリアが戻ってくる。彼女は衣装の裾を持ち上げ、馬車に乗り込む。


 セイディの斜め前に腰かけた彼女は、自身の膝をポンポンとたたく。気づいたエルはオフェリアの膝の上に飛び乗った。


 軽やかな動きに感心していると、扉が閉まって馬車が走り出す。


「……エルちゃん、連れて行っても大丈夫なのですか?」


 今更だと思いつつも、問いかけた。


「はい。私とこの子は常に一緒に行動しているのですよ。ねぇ、エル」

「ふにゃぁ」


 オフェリアの手がエルの頭を撫でた。色白な手はエルの黒い毛に映える。


「警戒心は強いですが、悪さはしませんから」

「だったら、いいんでしょう……ね」


 きょとんとしつつ言葉を返すと、オフェリアは頬を緩めた。


 穏やかで美しい表情についつい見惚れた。


「今から向かうのは首都のはずれにある神殿です。クリスティーン神殿と言います」

「クリスティーンとは、女性の名前でしょうか?」


 リア王国の神殿の名前は、初代神官長の姓がつけられていた。そして、神殿の名づけ方法は国によって違う。


 クリスティーンとは、明らかに女性の名前だ。


「はい。公国では初代筆頭聖女の名を語ります」

「ということは、公爵邸に隣接している神殿の名前は」

「あそこはエリザベト神殿です」


 教えてもらった名前を脳内に刻み込む。


「エリザベト神殿は公国各地にある神殿のまとめ役を担っております。こちらの筆頭聖女は、国で最も力の強い聖女がなるという習わしなのですよ」

「新しく力の強い者が現れたら、どうするのですか?」

「一年に一度審査があり、その時点で交代を命じられます。ですが、筆頭聖女を辞してもエリザベト神殿にいるということは一種のステータスですから」


 セイディからすると、公国の筆頭聖女の決め方は残酷にも思えた。


 今まで一番強かったのに、突然その座を奪われる。奪うほうはいいだろうが、奪われたほうは苦しいに決まっている。


「エリザベト神殿は聖女たちが最終的に目標にするべき場所。――最高峰なのです」


 当然のように語るオフェリアだが、彼女の所属はそのエリザベト神殿だと聞いている。


 彼女も相当力の強い聖女だ。


「私も元々は別の神殿に所属しておりました。あの頃からすると、ここにいること自体奇跡に近いと思うことがあります」


 オフェリアの手がエルの頭を撫でる。エルは気持ちよさそうに目を細めた。黒いしっぽがオフェリアの手首に巻き付く。


 もっとなでろと伝えているみたいだ。オフェリアはエルのおねだりを拒まない。


「……今でも、目を覚ますとこの生活が消えてしまうのではないか。不安だったりもします」


 金の瞳を伏せたオフェリアが、悲しそうに笑う。


「エリザベト神殿にこれたこととか、夫と出逢えたこととか。エルと一緒にいることとか。……全部、消えてなくなってしまいそう」


 うつむいてしまったオフェリアの表情は見えなくなった。


 どう声をかけたらいいかわからない。セイディは言葉を探すが、うまく見つからない。


「――私の身に、こんな幸運が訪れることなんてないって、思ってしまう」


 でも、今の言葉について。返答はすぐに思いついた。


「それは違うと思いますよ」

「……え」

「オフェリアさんはこの幸せを手にするべき人です。……あなたは、すごい人です」


 セイディはオフェリアのことを詳しく知らない。けど、彼女の立ち振る舞いは努力の証だし、優しいからこそエルが懐いているのだ。少なくともセイディはこう思っている。


「私、あなたのことをよく知りません。ですが、あなたが幸せになるべき人だってことくらいはわかります」

「……なんですか、それは」


 力強いセイディの言葉にオフェリアが笑う。


 彼女の表情は見方によっては泣きそうに見えた。しかし、悲しさからの涙ではない。


「――ありがとうございます。そう言ってもらえて、とても嬉しいです」


 笑った彼女の頬を涙が伝った。涙がキラキラとして見えるのは気のせいじゃない。


 オフェリアは慌てて涙をぬぐい、落ち着くために深呼吸を繰り返す。


「私ももうちょっと強くならないといけませんね」

「……オフェリアは十分強い」


 突然聞こえた聞いたことのない声に、セイディは目を見開いた。


 慌てて周囲を見渡すが、誰もいない。ここにいるのはオフェリアとセイディ、そしてエルだけだ。


(まさか、エルちゃん――?)


 視線を向けるも、エルはすまし顔で窓の外を見ている。


 ……気のせいだろうか?


(ううん、気のせいじゃない。さっき、誰かの声が聞こえた――)


 助けを求めるようにオフェリアを見る。彼女はきょとんと小首をかしげていた。


「どうされました?」

「……いえ」


 そんな態度を見ていると、素直に聞けなかった。


 ――先ほど知らない声が聞こえませんでしたか――なんて。


(聞こえていないなら、それでいいじゃない。気のせいっていうことよ)


 自分に言い聞かせる。


 セイディの様子を、エルがじっと見つめていた。

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