神殿へと(1)
今日の更新から火曜日も追加になります。引き続きよろしくお願いいたします。
翌日。クリストバルに保護の提案を受け入れる返事をすると、彼は快くうなずいてくれた。瞳の奥には安心の色も見える。
「保護といっても、ある程度は自由にしてもらって大丈夫だよ。もちろん、公国の護衛はつくけどね」
「……護衛ですか?」
「あぁ。公国の騎士たちの服には胸元にエンブレムがあるんだ。あれがあると、公国の騎士だって一目でわかるからね」
そのエンブレムを見せてもらう。様々な色が使われた複雑な模様は繊細で美しい。一つ作るだけでも気が遠くなりそうだ。
「さすがに公国騎士には手を出してこないと思うよ」
「わかりました」
クリストバルの言葉にうなずくと、彼が頬を緩めた。穏やかな表情のクリストバルには人の視線を引き付ける魅力がある。
実感しつつ、セイディは彼の言葉に耳を傾けた。
「もし興味があるのなら、神殿に行ってみるのをお勧めするよ」
それだけを残して、クリストバルは執務に戻ると部屋を出ていった。
セイディはほっと息を吐く。
(ある程度自由にしてもいいというのが助かるわ)
正直、行動に制限をかけられるとどうしようと思っていた。なので、彼の言葉は素直にありがたい。
「神殿というのは、この公爵邸に続いているところかしら?」
つぶやいていると、部屋の扉がノックされた。返事をすると、現れたのはオフェリアだ。
彼女はつややかな紫色の長髪を後ろで一つに束ねていた。昨日とはまた違う印象を与えてくるが、美しいことに変わりはない。
「おはようございます、セイディさん。昨夜はよく眠れましたでしょうか?」
彼女はにこやかな笑みを浮かべている。うなずいて、笑みを返す。
「はい。長旅だったので、かなり疲れていたようで」
「それはようございました」
オフェリアが室内に入ってくる。彼女の後ろには相変わらずエルがいる。
「クリストバルさまより、セイディさんのお世話をするように言われました。今後よろしくお願いいたします」
頭を下げるオフェリアに、戸惑う。
(お世話ってなに?)
自分は手のかかる子供ではないというのに……。
一人考えていると、オフェリアの笑い声が耳に届く。彼女はセイディの視線を感じて、「すみません」と謝罪の言葉を口にした。
だが、相変わらず笑ったままだ。
「お世話といっても、いわば侍女やメイドのようなものです。不慣れな公国での生活を最大限サポートさせていただきます」
「私に世話役なんて……」
――と思ったが、オフェリアの言う通り公国での生活は不慣れだ。
一日過ごしただけでも、不便だと感じる点はいくつかあった。
オフェリアがいてくれると助かるだろう。けど、オフェリアはそれでいいのか……。
「オフェリアさんは、それでいいのですか?」
問いかけてみると、彼女がぽかんとする。意味が分かっていない表情だ。
「私、今は貴族とかじゃなくて。だから、そんな私の世話役なんて――と」
言葉を探して必死に伝えた。
しばしぽかんとしていたオフェリアだが、理解できたのか笑みを浮かべる。
「問題ありませんわ。そもそも私、ド貧乏な男爵家の娘でして。大体のことは自分でしていましたから」
「……そうなのですか?」
「はい。ですので、お任せください」
自身の胸をぽんっとたたく。
彼女の立ち振る舞いや仕草は、高位貴族といっても過言ではないものだった。
まさかド貧乏な男爵家出身だと想像することもなかった。
「さて、と。クリストバルさまから、セイディさんをとある神殿に案内するようにと命じられております」
オフェリアは真剣な面持ちになる。
「いかがなさいましょうか? まだお疲れのようでしたら、明日や明後日でも――」
「いえ、今日で大丈夫です」
気を遣わせることを避けるために、彼女の言葉を遮る。
オフェリアはセイディの言葉を聞いてうなずいた。
「承知いたしました。お出かけの準備に移りましょうか。本日はかなり寒い予報ですので、温かくしましょうね」
部屋のクローゼットを開けると、中にはたくさんの衣類が詰め込まれていた。
驚くセイディを気にもせず、オフェリアはいくつかの上着を手早く取り出す。
「どちらになさいますか?」
ソファーの上に並んだのは、黒色や紺色、茶色などのコートだ。
デザインはシンプルだが、どれももこもこしていて温かいことは見るだけでわかる。
「借りてもいいのですか?」
「はい。こちらの上着は聖女ならだれでも使用していいものになっておりますから。貸出票に記入が必要ですけどね」
お茶目に笑ったオフェリアの厚意に素直に甘えることにした。
セイディはこげ茶色のコートを選ぶ。ボタンは黒色。首元には白いファーがついていて、風除けにもなりそうだ。
「わ、本当に温かい」
想像したよりもさらに温かかった。
その反応を見ながら、オフェリアはほかのコートをしまい込んでいく。
「こちらは裏地に防寒の魔法をかけていますから」
「便利ですね」
「はい。一カ月に一度メンテナンスをするだけでいいので、楽ですよ」
オフェリアがクローゼットの扉にある紙――貸出票を取り出す。そこにさらさらと名前を綴っていく。
「私の名前で借りておきますね」
「……お世話になります」
「いえいえ」
これは公国の備品となるはずだ。なら、セイディの名前よりもオフェリアの名前のほうがいいに決まっている。
「行きましょうか」
オフェリアが小さな鞄を持った。
「入口に馬車を待たせています。徒歩では少々遠い距離ですので」
「……そういうことでしたら」
すっかりセイディの性格を熟知した彼女の言葉に、自然と苦笑が浮かんだ。
こういったら断らないと、彼女はわかっているのだ。