お茶会(2)
「せっかくですし、私はあなたと仲良くなりたいわ」
オフェリアはにこにこと笑う。
「だから、なにか気になることがあるのならなんでも聞いてちょうだい。答えられる範囲でなら答えるから」
彼女の申し出は素直にありがたい。
気になることはたくさんあるのだ。
「では、遠慮なく。オフェリアさんは私のお母さまを知っているのですか?」
一番に気になるのはやはり実母のことだった。セイディが問いかけると、オフェリアは金の瞳をキラキラと輝かせた。
「パトリシアさまのことですよね! えぇ、それはもう!」
彼女の突然の変化に驚きを隠せない。
オフェリアは自身の両頬に手を当てて、恥じらうような姿を見せた。
「パトリシアさまは、公国の聖女全員のあこがれの存在なのです」
「そ、そんなに……」
「公国にいらっしゃったころは、謎に包まれた女性だったそうですわ。困っていると颯爽と現れて、助けてくださる――と」
先ほどまでの落ち着いた態度はどこにいったのか。オフェリアはかなり興奮していた。
心なしか彼女の後ろにいるエルもあきれた表情をしている。
「上位の貴族のみ、その正体を知っていたそうです。ただ、公にすることはできなかった」
「――それは、母が不義の子だったから、ですよね」
「……はい」
しかも、生まれは侯爵家だという。きっと周囲の貴族は母の生家の機嫌を損ねないため、口をつぐんだのだろう。
「でも、私は思うのです。そんな境遇であっても、パトリシアさまは凛としていたと聞きます。きっと、あれこそ人のあるべき姿なのです」
静かな声だった。手を組んで、オフェリアが祈りの仕草を見せる。
「あの人こそ、女神の遣いなのです。見返りを求めることもなく、人を助けることができる。あれこそ、聖女の在り方です」
オフェリアの話を聞いて、セイディは目を伏せた。
彼女はパトリシアを神格化している。けど、セイディはそれが本当の実母とは思えなかった。
(エイラやジルの話だと、お母さまは――)
優しさこそ持つが、人間味のある女性だったと。
女神の遣いなどと言われるような人とは言い表していなかった。
「私たち公国の聖女はパトリシアさまのような聖女を目指しています」
しかし、これをオフェリアに言うことはやめたほうがいいと理解していた。
彼女の中にいるパトリシア像を、無理に壊す必要なんてない。彼女がそれを信じ、道しるべにしているのなら。夢を壊す必要はない。
「――と。私ばかり話してしまいましたね。ごめんなさい」
「いえ」
現実に戻ってきたのか、オフェリアが落ち着いた様子を見せた。
エルの長いしっぽがオフェリアの肩を軽くたたいている。まるで「またか」と言っているようだ。
「私、どうもパトリシアさまのことになると興奮してしまって。……よく人に引かれるのです」
セイディも若干引いたが、わざわざ伝える必要はない。ごまかすようにお茶を飲んだ。
「私は母の記憶があまりないので、こうやって他者から見た母の話を聞くのは新鮮です」
「まぁ」
「母は私が幼いころに亡くなっています」
オフェリアの眉尻が下がった。セイディは慌てて手を横に振る。
「悲観はしていません。いや、悲観するべきなのかもしれませんが……」
彼女はパトリシアを尊敬し、神格化している。下手な言葉を選ぶことはできない。
「ただ、母はきっとこれで満足していたのだと思います。母が本当に欲しかったものは、最後に手に入ったのでしょうから」
無欲だったというパトリシア。だが、たとえ他者から見て無欲だったとしても。心ではなにかを欲していたはずだ。
そしてセイディにはその欲していたものの見当がついていた。
(お母さまが欲しかったのは、無償の愛じゃないかしら?)
不義の子として生まれた彼女。もしかしたら無欲なのは『なににも期待していないから』だったのではないか。
(なにに対しても期待しないから、欲なんてない風に見えた)
目を伏せ、セイディは祖父母について思い出す。
母を実の娘のように可愛がり、大切にしていたと何度も使用人たちから聞かされた。
「母は亡くなる前、幸せだったのでしょう。――義理の両親からたくさんの愛情をもらえたから」
義理の両親からの愛情は彼女に人間味を与えた。
人並みに幸せを望むようになり、人並みの欲望を持った。
そう考えると、全部がつながるような気がした。
「……セイディさん」
「今度は私ばかり話してしまいましたね。ごめんなさい」
軽く頭を下げると、オフェリアは首を横に振った。
「いいのです。娘のあなたからパトリシアさまのお話が聞けて良かった」
オフェリアがティーカップをソーサーの上に戻す。その後、自身の頬を軽くたたいた。
「なんだか暗い空気になりましたし、別の話題にしましょうか」
「そうですね」
同意してみたものの、セイディにはいい話題が浮かばなかった。オフェリアを見つめると、彼女も考えている。
二人とも次の話題が思いつかない状況のようだった。




