公爵家の屋敷(2)
「夫が戻り次第、連絡させていただきます。その間はどうぞご自由にお過ごしください」
リリアナは鍵の束をミリウスに手渡し、穏やかに笑う。そして、今来た廊下を戻っていく。
彼女を見送ると、アシェルがミリウスから鍵の束を取り上げた。
「これを団長に渡しておくと痛い目を見る。俺が各自に配る」
「……お前、俺を信頼してないな?」
「あぁ、もちろん」
当然のように言葉を返したアシェルは、鍵の番号を一つずつチェックして個人に手渡していく。
セイディも鍵を受け取る。一番手前の部屋のようだ。
「ジャックさまはこれで。俺とジャックさまで団長の部屋をはさんでおきます」
「それがよさそうだな」
アシェルとジャックの会話を聞きつつ、セイディは苦笑を浮かべた。
「セイディは自由に過ごしたらいい。休んでもいいし、近くを観光しても大丈夫だ」
「はい。承知いたしました」
とにかく一度ゆっくりしようと、セイディは与えられた部屋に入る。
室内は白を基調としていた。部屋の中央にはテーブルとソファー。窓側には文机といす、寝台がある。
壁にはいくつかの棚があり、中は空っぽだ。
(自由にしてもいいって言われても、それが一番困るのよねぇ)
ソファーに腰かけ、大きく伸びをする。
荷物ももう少ししたら届くはずだし、届き次第荷解きでもするべきか――。
なんて考えつつ、室内を見て回る。めぼしいものは見つからない。ただ、隠れた場所に簡易のキッチンがあり、お茶を淹れることくらいは自分でできそうだ。
(観光するにしても、今から出て行ってもなぁ)
今後のことを思案していると、部屋の扉がノックされた。
急いで扉に近寄って、扉を開ける。そこには宮廷魔法使いのフレディが立っていた。
「やっほう。暇だし来ちゃった」
「……来ちゃったじゃないですよね。それに、どうして私のところなのですか」
ジト目になりつつ彼を見るものの、彼は気にする様子もない。
「セイディが一番暇だと思って。殿下は今から仕事だってさ」
「……大変そうですねぇ」
アシェルもジャックも仕事を持ってきたと言っていたので、彼はこれから仕事漬けになるのだろう。
……可哀そうというより、うらやましい。
「左右を固められてて、我が主ながら哀れだね」
「本当は思ってませんよね?」
どこからどう見てもフレディは楽しそうだ。
「と、そんなことはどうでもいいんだ。セイディ、このあと観光しない?」
露骨な話題の転換だ。けど、セイディもあの話題を続けることが不毛なことくらいはわかっていた。
「観光といっても、どこを」
「この公爵邸だよ。使用人に聞いたら大丈夫だって」
一体いつの間に聞いたのだろうか。彼の行動力には感心するばかりだ。
「入ったらダメなところには見張りの騎士が立っているから、迷い込むこともないみたい」
「……そう、なのですか」
だったら、ちょっとくらい見て回ってもいいかもしれない。
(それに、私も退屈だったし。フレディさまの誘いはありがたいわね)
一人で納得して、セイディはうなずいた。
「でしたら、一緒に見て回ります。どうせ退屈していましたし」
「やったぁ。セイディと一緒だと楽しそうだ」
「そんな、人をトラブルメーカーみたいに」
自然と眉をひそめてしまった。
フレディにそのつもりがなかったとしても。今の言葉ではセイディをトラブルメーカー扱いしている。
「あながち間違いでもないと思うけどね。――っと、怒らないでよ!」
セイディの表情が険しくなったのを見て、フレディは手をぶんぶんと横に振る。
その後、穏やかに笑った。
「疲れているなら、ちょっと休憩する? 僕は待ってるよ」
「いえ、今休憩すると爆睡しそうなので」
だから、クリストバルと会うまではこのまま起きていたかった。眠ってしまうと時間通りに起きる自信がない。
「そっか。じゃあ、行こう」
彼が大きく扉を開けたので、セイディは廊下に出た。
「基本的に二階までは自由に探索可能だってさ。三階以降はダメなところと大丈夫なところがあるらしいよ」
「では、一階と二階だけ回りましょう」
「そうだね」
フレディと並んで歩きだす。
廊下では掃除係のメイドがてきぱきと動いていた。
「すごくてきぱきとした動きですね。見習いたいです」
「……観光するところが違うと思うけど」
つぶやきに対し、フレディはあきれた様子だった。
「公国って独特の雰囲気があるよねぇ」
「そうですね。王国とは全然違います」
リア王国は全体的ににぎやかな国だ。対する公国は厳かというべきなのか、落ち着いているというべきか……。
「帝国とも全然違うよ」
「……帝国、ですか」
「あそこは権力で民たちを統括している部分があるから。基本的に自由はないんだ」
懐かしむようなフレディの声を聞いていると、セイディは罪悪感に襲われた。
フレディは帝国時代のことをどう思っているのだろうか? もしも、あまり思い出したくないことなら――。
「セイディ、言っておくけど全部が悪い思い出じゃないんだよ」
まるで思考を読んだような言葉にセイディは隣にいる彼の顔を見上げた。
フレディは嘘も偽りもない、まっすぐな瞳をセイディに向けていた。