公爵家の屋敷(1)
セイディとミリウスが馬車に戻ると、明らかに怒った様子のアシェルが仁王立ちしていた。
詳しい話はあとにすると彼は二人に馬車に乗るように促す。車内にはすでにジャックがいた。彼も腕を組んで厳しい顔つきだ。
アシェルが馬車に乗り込むと、馬車が走り出す。そしてはじまったのはねちねちした説教タイムだった。
「――で、聞いているのか、団長」
「あー聞いてる。きちんと聞いています」
棒読みの返事にアシェルが余計に怒る。
その様子を見て、セイディはアシェルが心配になった。このままでは怒りすぎて寿命をすり減らしてしまうのではないか――。
「おい、アシェル。それくらいにしておいてやれ」
しばらくして助け舟を出したのは、意外にもジャックだ。
「ですが」
「殿下にぐちぐちねちねち言ったところで、時間の無駄だ」
大きく息を吐いたジャックは顔をあげ、ミリウスを見据えた。
「今は勘弁しておいてあげます」
「……お前、今はって」
「またあとで、ということだ。楽しみにしておけ」
「今の予告に楽しみにする部分ないだろ!」
ミリウスの大きな声が車内に響く。
セイディは気にしないことにして、窓から外を見つめた。
遠くに見えるのは公国の首都。遠目には巨大な神殿が見えた。
「すごく、厳かな雰囲気ですね」
都に入る。にぎやかに見えるのに、どこか厳かな雰囲気だった。
不思議な空気にセイディはじっと窓から都を観察する。
「公国は信仰深いんだ」
「――と、いいますと?」
「みな、わきまえているんだ。神の恥にならないように――と自分を律している」
だから、こんなにも厳かな雰囲気なのか……と、納得できる。
「そして、あそこが公爵邸だ」
アシェルが指さした先には、大理石でできた巨大な建物があった。
……まるで神殿のような風貌に息を呑む。
「公爵家は代々あそこに住むそうだ。神殿も兼ねていると」
「……ほぇえ」
うまい返事が思いつかない。感嘆の声をあげることしかできなかった。
「俺たちはあそこに滞在することになる」
「では、ここでお別れということですか」
一人で納得する。セイディは一人、街で宿を取って――と考えているのだが。
「なにを言ってるんだ。お前の分の部屋も用意してもらっているぞ」
「……はて?」
予想していなかった言葉にセイディが間抜けな声をあげてしまう。
「公爵閣下がぜひセイディも――と言ってくれたんだ」
「クリストバルさまが」
彼は先ほどあったとき、なにも言っていなかったというのに。
(それとも、私が公爵邸に滞在することは当たり前で、わざわざ言う要件でもなかったということ?)
可能性はゼロではない。
馬車が止まり、窓から外を見る。目の前には巨大な神殿――公爵邸だ。
アシェルとジャックが馬車から下りる。続くようにセイディも下りて、公爵邸を見上げた。
「本当にすごく大きいわ」
さすがはこの国の最高権力者の屋敷というべきなのか。
屋敷を見上げていると、玄関から一人の女性が出てきた。彼女は淡い桃色のドレスに身を包んでいた。
「お待ちしておりました。リア王国のみなさまですね」
女性が深々と頭を下げると、緩く編み込まれた茶色の髪が揺れる。
彼女は小柄で顔立ちも幼く見える。しかし、比べ立ち振る舞いは美しく、洗練されていた。
そのちぐはぐさは、彼女の魅力の一つなのかもしれない。
「私はヴェリテ公爵家の当主夫人、リリアナ・ローサ・ヴェリテと申します」
背筋をぴんと正した彼女――リリアナは、面々を見つめてにこりと笑う。
真っ赤な瞳は美しかった。だが、ただ美しいだけじゃない。力強い印象もある。
「はじめまして、公爵夫人。王国を代表して、あいさつさせていただきます。ミリウス・リアと申します」
胸に手を当てて、堂々とした態度でミリウスが自己紹介をする。
きれいな笑みを浮かべたミリウスはまさしく王族だった。
(ミリウスさまって、あんな表情もできるのね……)
不敬だが、いつもの態度を見ているとこう思うのも仕方がない。
顔や口に出さなかっただけほめてほしいくらいだ。
「夫は少々出かけております。どうぞ、中でお待ちくださいませ」
リリアナが使用人に指示を飛ばすと、二人の従者が扉を開けた。
重厚な木製の扉が音を立てて開く。リリアナに促され、面々は屋敷内に入っていく。
「大規模な歓迎は後日ということになっております。陛下から個別は必要ないと連絡を受けておりますので。ご了承くださいませ」
ドレスの裾をちょんと持ち、リリアナが頭を下げた。
「兄上――陛下から話は聞いております。なので、問題なく」
「ご理解いただけてありがたく思います」
リリアナの案内で、屋敷の内部を歩く。
(派手な装飾はないのに、すごくきれいだわ)
視線をせわしなく動かしつつ、セイディは公爵邸の内装を観察する。
屋敷内に派手な装飾は一つもない。
絨毯は白を基調としたもので、縁に銀と金の刺繍があるくらい。壁にかかっている絵画は風景画。廊下のところどころに置いてあるのは花瓶だけで、どちらかといえば殺風景だ。
すれ違う使用人たちは壁に寄り、頭を下げている。リリアナは彼女たち一人一人に声をかけていた。
「こちらが客人のフロアになります。お部屋は一人一つ、用意しております。鍵はこちらになります」
リリアナが鍵の束を取り出す。それぞれ番号がついており、用意された部屋番号と同じのようだ。
更新分はできているので、予約をきちんとするように心がけます……。