邸宅(3)
しばらくして、目の前に手が現れる。その手が左右に動いて、セイディははっとした。
「……ほ、本当にどうしてここにいらっしゃるのですか?」
ミリウスに詰め寄る。
「リオさんときちんと約束したのに」
「そこに関しては悪かったって思ってるよ」
彼が肩をすくめた。
その姿を見ると、これ以上詰めることができない。
「単にほら。俺もここに来てみたかったんだ」
邸宅を見上げたミリウスが、つぶやいた。
意外過ぎる言葉にセイディはぽかんとする。
「お前がどうして呼び出されたのか、知りたかったしな」
「……大したことじゃありませんよ」
クリストバルに呼び出されたわけは、ミリウスには関係ないことだ。
「なにを話していたんだ?」
「……お母さまのことです」
言わないと解放してもらえない気がして、素直に告げた。
「私は実母のことを知るために公国に来ました」
凛とした表情でミリウスを見据える。強い風が吹いて、長い茶髪が揺れた。
「だから、私はお母さまについての情報なら小さなものでも欲しいんです」
「――ふぅん」
意味ありげな返事だ。
それでもひるまずに彼を見つめる。
「だったら、調べたらいい。セイディが満足するまでな」
「元々、そのつもりですから」
セイディは邸宅を振り返った。
(ここにお母さまが住んでいたのね)
オブリはリア王国との国境に一番近いので、ここに拠点を置いていたこと自体は納得できた。
それに、クリストバルが嘘をついているとは思えない。彼は本当にパトリシアを慕っているようだった。
(邸宅を買い取って自分のものにするくらいだものね)
セイディは今まで、クリストバルを不思議でつかみどころのない人物だと認識していた。
どこか人間味がなく、淡々とした自分という印象があった。でも、彼のパトリシアへの執着心はすさまじいものだ。はじめて彼の人間らしい部分を見たような気がした。
(あの人にとって、お母さまは特別な人だったのよね。恋や愛、なんて言葉じゃ表せない存在だったと言っていた)
あれは憧れをこじらせた結果なのかもしれない。セイディは予想する。
「じゃあ、セイディ、戻るぞ」
邸宅を見上げていると、ミリウスの声が聞こえた。
セイディは彼のほうに向きなおる。
「はい。……このあとたっぷりアシェルさまやジャックさまに叱られてくださいね」
笑って言うと、ミリウスの表情が一瞬にして歪む。
「俺は叱られるようなことをした覚えはないぞ」
「リオさんの言いつけを破ったのはミリウスさまですよ」
ぴしゃりと告げると、彼が大きくため息をついた。
「あいつら俺を上司だと思っていないだろ。手のかかる子供とか思っていそうだ」
「後者はあたりです。けど、前者は違いますよ」
だって、彼らはなんだかんだ言いつつもミリウスを認めているのだ。
(行動は問題だらけだし、自由奔放だし)
でも、彼らは小言や文句こそいうものの、彼を無理に縛り付けたりはしない。
それはきっと――ミリウスが今のままでいいと思っているからだろう。
「……ただ、いい加減にしないとそろそろ本当にすごいことになりそうですよ」
「だよなぁ」
ミリウスが空を見上げる。大方どう乗り切ろうか考えているのだろう。
(――乗り切ろうにも、馬車が一緒だからどう頑張っても無理だと思うんだけどなぁ)
それを言わないのは、セイディなりの優しさか。はたまた、意地の悪さなのか。
あいにく、誰にもわからなかった。