国境沿いの街(2)
そんなことを思ったものの、セイディの表情は明るい。
気を許せる人たちと一緒にいることが出来るのは、やはり心が安らぐのだ。
「じゃあ、行きましょうか」
リオがそう言ってゆっくりと歩きだすので、セイディも続いた。最後にクリストファーがちょこちょことついてくる。
(それにしても、とってもきれいな街ね)
魔力で光るイルミネーションがそこら中にあしらわれている。それは雪と合わさって、とても幻想的な雰囲気を醸し出していた。
色とりどりのイルミネーションと、真っ白な雪。それはここが北国であるということを、否応なしに思い知らされる。
(たった少し離れた立地というだけで、世界は様変わりするのね)
そう思いつつ、セイディは辺りを見つめる。この街の名前は『オブリ』というらしい。先ほど地図を見た際に、書いてあったのはしっかりと記憶に焼き付いている。
「……セイディさん」
ふと、後ろから声をかけられた。セイディがそちらに視線を向ければ、予想通りクリストファーがいる。
彼はセイディのワンピースをちょんと掴んでいた。……あざとい。
「ちょっと、いいですか?」
「……えぇ」
なにか、あったのだろうか?
心の中でそう思いつつ、セイディはリオを呼び止める。彼はクリストファーの真剣な面持ちを見て、表情を引き締めていた。
「さっきから、猫の声がするんです」
「……猫?」
「はい。なんていうか、何かを呼んでいるような……?」
多分、彼自身もよく分かっていないのだ。それを、セイディは察する。
「不安そうに、鳴いているような気がして……」
彼が眉を下げて、そう言ってくる。
だからこそ、セイディも耳を澄ませてみた。……感覚を過敏にして、そっと目を瞑る。
『にゃぁ』
確かに、猫の泣き声が微かに聞こえてきた。
「……確かに、猫の鳴き声がしますね」
目をゆっくりと開けて、同意する。
「そ、その、こんなこと言うのは何なんですけれど、猫のほう、行ってみませんか……?」
クリストファーが控えめにそう告げる。だから、セイディとリオは顔を見合わせた。
「……リオ、さん」
セイディがリオの名前を呼ぶ。すると、彼はあっけらかんと「いいわよ」と言ってくれた。
「まぁ、どうせ昼食を摂る時間はたっぷりあるわけだし。……多少、寄り道してもいいんじゃない?」
彼がウィンクを飛ばして、そう言ってくる。その瞬間、クリストファーの表情がぱぁっと明るくなる。
「ありがとうございます」
「いいのよ。……じゃあ、案内できる?」
「はい!」
リオの言葉に、クリストファーがこくんと首を縦に振る。それから、目を瞑っていた。大方、耳を澄ませて鳴き声の方向を探っているのだろう。
「……こっち、ですかね」
そう言ったクリストファーが、歩き出す。セイディとリオは、静かにそれに続いた。
クリストファーの案内で、街を歩く。そうすれば、少しずつ人通りは少なくなっていった。
(なんていうか、不気味ね)
心の中でそう思いつつ、セイディが視線を上げた。そのとき――黒猫が、いた。
「にゃぁ」
黒猫はまるで「ついて来い」とばかりに、セイディたちの前を駆けていく。
「……待って!」
クリストファーが、走って黒猫を追いかける。セイディとリオも、一瞬だけ顔を見合わせて駆けだした。
(一体、どこまでっ……!)
いくつもの通りを抜ける。薄暗い路地を抜けた先。
そこにあったのは……開けた場所。
雪が降り積もったそこには、ベンチと凍てついた噴水がある。幻想的な光景を醸し出すそこには、一人の女性がベンチに腰かけていた。
「……エル、ごめんなさいね」
黒猫が女性の膝の上に飛び乗る。そのまま「にゃぁ」と鳴けば、女性が顔を上げた。
……美しい女性だった。綺麗な顔に、慈愛に満ちた表情を浮かべている。
(……聖女)
セイディの中にある光の魔力が、共鳴したような気がした。なので、察する。……目の前の女性は、正真正銘の『聖女』なのだと。
「初めまして」
彼女が鈴のなるようなきれいな声で、セイディに視線を向ける。かと思えば、リオ、クリストファーの順番で見つめた。
「たくさんの人を連れてきたのね、エル」
「にゃぁっ!」
女性の声に反応するように、黒猫が鳴く。かと思えば、黒猫は女性の上で毛繕いを始めた。……マイペースなようだ。
「あなた、は……」
セイディがそっと女性に声をかけた。瞬間、周囲に強い風が吹き抜ける。吹雪のような冷たい空気の中、セイディが次に目を開けると……彼女の側に、一人の男性がいた。
「……ったく、お前、無茶するな」
男性が、女性にそう声をかけている。口調は乱暴なのに、何処となく優しい声音だと思った。
「よぉ、リア王国からのお客さん」
片手を挙げた男性が、セイディを見据える。……彼の美しい目が、細められた。
「……あなたは、誰ですか?」
セイディの口が自然とそんな言葉を呟いた。そのとき、女性が美しく微笑む。
「私はオフェリアと言います。……このヴェリテ公国の、聖女の一人です」
次回更新何ですけれど、多分水曜日か木曜日辺りになると思います。
お仕事が溜まっててんやわんやしているので……。
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