国境沿いの街(1)
それから三時間ほど馬車を走らせると、リア王国との国境に最も近い街が見えてきた。
この街からあと二時間ほど馬車を走らせれば、公国の中心である都につくそうだ。
(ヴェリテ公国は、国土が広くないものね)
そのためか、あまり街同士が離れていないのだ。国ごとの特徴を思い出しつつ、セイディは馬車の窓から外を見つめる。
人々は、活気に満ち溢れていた。
「じゃあ、ここで少し休憩だな」
ジャックはそう言うと、馬車を止めるようにと御者に指示を出す。馬車は、街の外れに止められた。
「とりあえずだが、ここで各々昼食を摂ることにしよう。悪いが、セイディはリオと行動してくれ」
「あ、はい」
アシェルはそう言う。その右手はミリウスの首根っこを掴んでおり、勝手に何処かに行かないようにとしているようだ。……無邪気な子供と、母親のようだな。
心の中でそう思ったものの、そんな可愛いものじゃない。
「俺とジャック様、それから団長で街を見て回る。まぁ、いわば視察だな」
「……リオさんたちは」
「あいつらはそこまでの立場じゃない。こういうのは、団長とか副団長である俺らがする仕事だ」
そう言ったアシェルは、ミリウスをジャックに預けると近くの書店に寄る。一体何を買うのかと思って待っていれば、アシェルが買ってきたのはこの街の地図だった。
「とりあえず、セイディにも」
「あ、ありがとう、ございます」
一応公国の地図は持っているが、この街の地図は持っていなかった。なので、素直に受け取る。
ただし、地図があるからといって迷わない保証など、ない。
「じゃあ、また後で合流するぞ。そうだな……午後五時くらいには、ここに戻ってきてくれ」
「はい」
近くにある時計を見れば、今の時刻は午後一時。……そりゃあ、お腹が空くわけだとセイディは思った。
(何食べようかなぁ……)
近くにある飲食店を見つめつつ、セイディはぼうっとしていた。すると、しばらくして後ろから肩をたたかれる。
なので、そちらに視線を向けた。
「セイディ。……そんなきょろきょろしなくても、いいのよ」
そこにいたのは、同僚的な立場の騎士であるリオ・オーディッツだった。普段よりもずっと厚着の彼は、セイディを見て笑みを浮かべる。
ちなみに、彼の横には少年騎士の一人であるクリストファー・リーコックがいた。彼はセイディを見てぺこりと頭を下げる。
「いえ、何食べようかなぁって……」
苦笑を浮かべて、そう言う。すると、リオが肩をすくめたのがわかった。多分、呆れられているのだ。
「あなたねぇ……。まぁ、いいわ。副団長からあなたのお目付け役を任せられたから、行きましょう」
「……お目付け役って」
「迷子にならないように見張る役目といったほうが、いいかしら?」
彼がさも当然のようにそう言うので、セイディは項垂れてしまいそうだった。……が、彼の言葉は正しいので反論する気は起きない。ただ、肩を落とすことしか出来なかった。
「そ、その、セイディさん。……あんまり、気落ちしないでください」
あまりにもセイディがしょぼくれているためなのか、クリストファーが慰めてくれた。でも、なんだかその慰めが余計に心にずきずきとくる。
「僕も、たまに迷いますから……」
「……お気遣い、ありがとうございます」
でも、それを口にしても誰も得しない。
そう判断し、セイディはクリストファーに向かって笑いかけて、お礼の言葉を口にした。彼の頬が、微かに朱に染まる。
「じゃあ、行きましょうか。……セイディ、地図とか持ってる?」
「あ、はい。先ほど、アシェル様からいただきました」
リオに地図を手渡す。そうすれば、彼は地図を広げてそれを眺める。真剣な顔つきは、とても美しい。
「この通りがここでしょう? じゃあ、あと二本ほど先の通りに行けば、飲食店がもっとあるみたいね」
「そうなのですね」
さすがは賢いというべきか。はたまた、これは賢いのとは無関係なのか。
そこはわからないが、リオは地図を見て街の立地をあっさりと把握してしまったようだ。……方向音痴のセイディとは、全然違う。
「セイディ、何食べたい?」
「……柔らかいパンですかね」
「わかったわ。クリストファーも、それでいいかしら?」
リオがクリストファーにそう声をかける。すると、彼はこくんと首を縦に振っていた。
「僕は、セイディさんに合わせますので」
にっこりと笑ってそう言うクリストファーは、とても愛らしい。まるで、姉になつく弟のようだ。
……実際は、そういう関係ではないのだけれど。
「どのパン屋がいいかしらねぇ。……あ、こことか、おしゃれじゃない?」
「おしゃれ……私には、縁遠いですね」
「そんなこと言わないの」
軽く背中をたたかれて、セイディは苦笑を浮かべた。
おしゃれ。それはセイディの天敵であり、最も縁遠いこと……だと、自負していることだ。
そもそも、セイディはおしゃれに無頓着だ。それくらい、リオならば知っているだろうに。
本日は書籍第4巻の発売日になります……! 私はとってもお腹が痛いです。
どうぞ、よろしくお願いいたします……!