お見舞いとリオ(4)
彼は何でもない風にそう言う。だが、そもそもリオとアルヴィドは一度対面しているのだ。
その際に彼は言った。
――男爵家の子息、と。
(……お父様は、やっぱり)
誰かに、操られていたのだろう。
それを実感し、セイディはアルヴィドの方に一歩を踏み出した。そうすれば、アルヴィドは申し訳なさそうに眉を下げる。
「……お前には、悪いことをしたと思っているんだ」
「あ、あの?」
「お前のことはすべて、殿下から聞いたよ」
どうして、そこでミリウスの名前が出てくるのだ。
心の中でそう思いセイディが驚いていれば、彼はゆるゆると首を横に振る。その姿は、何処となく弱々しい。
「殿下が、度々こちらを訪れてくれたんだ」
「……ミリウス、様が」
「そのたびに、お前のことを聞いたよ」
彼のその姿はとても弱々しい。だが、何となく吹っ切れたような様子にも見えてしまう。その所為で、セイディは戸惑う。
「お前は、今は騎士団でメイドとして働いているそうだな」
「……はい」
やっぱり、彼には記憶がないのか。騎士団の寄宿舎に怒鳴り込みに来て、周囲に迷惑をかけた記憶さえもないのだ。
……知らない方が良いこともあるとはいえ、このままではセイディの気持ちがやりきれない。
「……セイディ、頼みがあるんだ」
その後、アルヴィドは不意にそう言ってセイディに近づいてくる。リオが一応セイディの前に立ちふさがるが、その様子にあまり迫力はない。きっと、アルヴィドに敵意がないことを悟っているのだろう。
「今まで、私がしてきたことを教えてほしい」
「……えぇっと」
「セイディにした仕打ちなどを、教えてほしいんだ」
縋るようにそう言われ、セイディは下唇を噛む。彼は一体、どうしてそんなことを知りたいというのだろうか?
心の中でそう思ってしまったが、彼の目を見ていると理解した。……彼は、今までの行いを償いと思っているのだ。たとえ記憶がなかったとしても、周囲の人間に迷惑をかけたことを、償いたいと思っているのだ。
(……自分勝手、ね)
しかし、セイディはそう思ってしまった。償いたいと思ったところで、記憶がないのだ。迷惑をかけた人間がどれだけいるかも、分からない。もちろん、セイディもアルヴィドが迷惑をかけてしまった人物の皆を把握しているわけがない。
「……頼む」
だが、深々と頭を下げられそう言われると、もう何とも言えなかった。
だからこそ、セイディはそっと口を開く。
「……話せば、長くなります」
「……あぁ」
セイディの言葉に、アルヴィドはこくんと首を縦に振る。そのため、セイディはそっと口を開き、目元を細めた。
「では、お茶でも淹れてきますね」
少し、頭を冷静にしたい。そういう意味を込めてアルヴィドにそう声をかければ、彼はまた頷いた。
なので、セイディはアルヴィドの病室を出て行った。
「……セイディ」
後ろから、セイディを呼ぶ声が聞こえてくる。そちらに視線を向ければ、そこにはリオがいた。彼はセイディのことを不安そうに見つめている。……その心配は、痛いほどに伝わってきた。
「ねぇ、貴女――」
「――なんだか、びっくりしました」
セイディは苦笑を浮かべながらそう言葉を返した。
「まさか、お父様が操られていたなんて。……記憶もないなんて。なんだか、実感するとどうしようもなくて」
「……セイディ」
「でも、ほんの少し安心したんです」
ミリウスにその可能性を告げられても、ぴんとは来なかった。けれど、今、彼と対面して、ようやく納得できたような気がした。
「――あぁ、私、お父様に嫌われていたわけじゃなかったんだなって」
今まで、散々嫌われていると思っていた。でも、それは違った。アルヴィドはセイディのことをなんだかんだ言いつつも気にかけてくれていたのだ。
「お母様のことも、お父様は覚えていたんだなって」
「……そう」
ぎゅっと手のひらを握って、下を向いて。セイディはそう言葉を零していた。
「嬉しかった……って、わけじゃないんです。ただ、安心したんです」
「……そうね」
「だからなんだか、不思議な気分です」
あんなにも嫌いで、無関心を貫いていたアルヴィドに対して、今は不思議と興味が持てる。それも、完全な嫌悪感に染まった興味ではない。……この感情は、一体何なのだろうか。
「……ねぇ、セイディ」
そんなことを呟いていれば、リオが声をかけてくる。そして、彼は――そのきれいな指でセイディの目元を拭った。
そこには微かな水滴がついており、どうやら泣いていたらしい。
「……貴女、は」
彼が何を言おうとしているのかが、分からない。でも、ただわかるのは――彼は、セイディの今の気持ちをわかっているということだけだ。
「……うぅ」
何となく、安心してしまった。その所為なのか……セイディの目からは、また一粒、涙が零れた。
次回更新は明日の予定です(o_ _)o))
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