正規雇用になりました
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「あっ、セイディ! いたいた!」
「……リオさん」
セイディが騎士団の寄宿舎で働き始めて四日目のこと。もうすでに手慣れた様子で寄宿舎の隅々を掃除するセイディの側に、リオが駆け寄ってきた。その足取りはとても軽く、セイディのことを嫌悪していないことはすぐに分かる。というよりも、セイディはこの四日で寄宿舎の騎士たちとすっかり打ち解けた。元よりセイディの家事雑用スキルが高かったことや、気さくな騎士たちが多かったのが要因だろう。
「団長と副団長が呼んでいるのよ。本部に行きましょう」
「……えっと、これだけ」
「はいはい、本当にセイディは真面目ね」
リオはセイディと一緒に居ることが多く、セイディにとって一番近しい友人のような存在だった。だからだろうか、リオはセイディが比較的真面目だということを理解し、セイディの仕事の邪魔にならないようにと配慮もしてくれる。
(本当にセイディはいい子よね。……ちょっと、変な子だけれど)
心の中でそうぼやきながら、塵取りで集めた埃を片付けるセイディをリオはじっと見つめた。ドラゴンの解体作業を見て悲鳴一つ上げないどころか、興味津々とばかりに見つめ続けたセイディ。それは、少なからず騎士たちの興味を引いていた。もちろん、リオの興味も。
「終わりました」
リオがそんなことを考えていれば、セイディがそんな風に声をかけてくれる。そのため、リオはセイディの手首を掴んで歩き始めた。そのスピードはゆっくりであり、セイディのペースに合わせている。今のセイディの服装は黒いワンピース。その上に白いエプロンをつけていることもあり、確実にメイドに見えるだろう。しかし、その服装はセイディの魅力を存分に引き立てており……騎士たちにとってある意味目に毒なのだ。他でもない、リオにとっても。
「ところで、何故ミリウス様とアシェル様は私のことを突然呼ばれたのですか……?」
共に歩ていると、不意にセイディがリオにそう声をかけてくる。その声は心底不思議だとでも言いたげで。リオは苦笑を浮かべながら「雇用のことよ」と教える。
「……雇用。まさか、クビ!?」
「なんでそうなるのよ!」
何故、変なところでネガティブなのか。そう思いながら、リオは「正規雇用の話」と付け足した。
セイディはまだお試し期間である。通常お試し期間は一週間だが、ミリウスやアシェル、リオはセイディの働きぶりをしっかりと認め、少し早いものの正規雇用にすることにしたのだ。今回はその契約書にサインをしてもらうために呼んだだけであり、決してクビ宣告をするためではない。
「セイディはすっごく馴染んでいるし、セイディ以上に良い人は現れないと思うの。だから、少し早いけれど正規雇用にしようって、本部で話し合ったのよ」
その場にはもちろん、リオもいた。むしろ、セイディを正規雇用にしようと強く言ったのはリオだった。それに、ミリウスもアシェルも賛同してくれたため、昨日急いで契約書を作成した。
「……ということは、お給金も……」
「えぇ、全額もらえるわ」
セイディの問いかけに、リオはにっこりと笑ってそう答えた。すると、セイディの顔がぱぁっと明るくなる。そんなにもお金が必要なのかとリオは思ってしまったが、元よりセイディは実家を勘当された身である。お金はいくらあっても足りないだろう。
「セイディは、お給金を貰ったら何かしたいことがあるの?」
「美味しいものが、食べたいですかね。……特に、甘いもの」
そう言ったセイディの声は、少し小さい。大方、恥ずかしいとでも思ったのだろうが……リオは「良いわね」という。リオ自身も、甘いものが大好きだから。
「じゃあ、今度一緒にスイーツを食べに行きましょう。私、食べるのが大好きなの」
「……えっと」
「いいからいいから。楽しみに待っているわ」
セイディの返答も待たずに、リオは心の底からの笑みを浮かべそう言う。その笑みに毒気を抜かれ、セイディは「はい」と笑みを浮かべながら答えてしまった。
(甘いもの。久々に、食べられる……!)
そして、セイディの心の中はそんな感じだった。セイディは甘いものが好きである。しかし、ここに来てからめっきり食べていない。いいや、むしろ実家を勘当されてから食べていない。実家にいたころは、レイラが手を付けなかったお菓子をこっそりと食べていたのだ。
「さぁ、団長たちのところに行くわよ」
そんなことをセイディが考えていると、もうすでに騎士団本部の前だった。そのため、セイディは軽く深呼吸をして――扉をノックした。
これから始まる正式なメイドとしての日々に、心を躍らせながら。
次回はジャレッド視点になります(n*´ω`*n)それが終われば第一章が終わりです。引き続きよろしくお願いいたします!
(総合評価11000超えました。多分作者が一番びっくりしています……!)




