クリストバルのおはなし(3)
「そう、残念だ」
セイディの言葉を聞いて、クリストバルはゆるゆると首を横に振りながらそう言う。
そのため、セイディが彼の目を見つめれば、彼の目は何も映していないように見えてしまった。
だが、それはほんの一瞬のこと。すぐに柔和な笑みで上書きしてしまうと、彼は「……さて、そろそろ騎士さんに戻ってきてもらおうかな」と言って立ち上がろうとする。
それを制し、セイディが部屋の外に待機しているリオを呼ぶ。
「……何か、込み入ったお話でもありました?」
リオはクリストバルに対して丁寧な口調でそう問いかける。すると、彼は「そうだね。おかげで有益な話が出来ました」と胸に手を当てて言う。……あれが、有益な話なのだろうか?
そんな疑問をセイディが抱いていれば、クリストバルはもう一度ソファーに腰掛け、残っていた紅茶を飲み干す。
「セイディさん」
「……はい」
クリストバルに名前を呼ばれ、少しためらったのちに声を上げる。
そうすれば、彼は「……気が変わったら、いつでもこちらに来てくださって、構いませんから」とにっこりと笑って言う。
「それ、は」
「僕も、ヴェリテ公国も、貴女を歓迎します」
背筋を正し、美しい姿勢でクリストバルはそう言った。
彼のその言葉にセイディが反応できずにいれば、リオが一人きょとんとしていることに気が付く。
(……言ってもいい、けれど)
だけど、これは言わない方が良いな。
そう判断し、セイディはクリストバルに対してこくんと首を縦に振ることで意を示した。
彼を変に刺激することは得策ではない。そもそも、彼は得体のしれない部分があるのだ。ならば、まだ友好的に接する方が良いだろう。
(それに、一度は助けてくださったのだもの)
心の中でそう思っていれば、セイディはふとハッとする。
そういえば、彼から託された指輪をまだ返せていない。
「あ、あの、クリストバル、さま」
ゆっくりと彼の名前を呼べば、彼の視線がセイディに注がれる。
だからこそ、セイディは「一つ、お返ししたいものがあるのですが」という。
「お返ししたいもの、ですか?」
「はい。『光の収穫祭』の際に、指輪をお借りしましたよね。あれを、お返ししたいと思うのですが」
あの指輪は騎士団の寄宿舎のセイディの部屋に置いてある。今から取りに戻れば、五分もかからないはずだ。
そう思ったからこそそう言ったのに、クリストバルは「いえ、必要ありませんよ」と言葉を返してきた。
「あれは、セイディさんに託したものなので」
「で、ですが……」
「僕が持っているよりも、貴女の方が有益に使えるでしょうから」
ニコニコと笑ってそう言われると、もう何とも言えなくなってしまう。
その所為でセイディが口を閉じれば、クリストバルは「だったら」と言って人差し指を立てる。
彼の指は、見惚れてしまいそうなほどに美しかった。
「今度、公国に来てくださいませんか?」
「……えぇっと」
「その際に、お返ししていただきます。……それに、貴女に僕の妻も紹介したいので」
……そこまで言われたら、断るのは得策ではないな。
そう考え、セイディは「そ、そういうこと、でしたら……」と言葉を返す。
「ですが、すぐには行けません」
しかし、一応そう付け足しておかなくては。
そんな意味を込めてそう言えば、彼は「構いませんよ」と言ってそのきれいな唇に自身の人差し指を押し付ける。
「だって、もうすぐ貴女は否応なしに公国に来ることになりますから」
――それは、一体どういう意味なのだ?
きょとんとするセイディを他所に、クリストバルはにっこりと笑って「お邪魔しました」とだけ言葉を残して部屋を出て行こうとする。
最後に振り返って「……今後、いろいろなことが貴女の身に降りかかります」と告げてきたが。
それは、まるで嫌な予言のようだった。
「ですが、貴女はご自分の信じる道を行ってください。さすれば――」
――悪い結果には、繋がりませんから。
きれいな、透き通るような声で。
それだけを告げたクリストバルは、リオの案内を必要ないと断り、颯爽と部屋を出て行ってしまった。
残されたセイディは、ぽかんとしつつも軽く唇をかむ。
(……お母様のこと、ほんの少しでも、知れた)
クリストバルが教えてくれたことが完全な真実なのかはわからない。
でも、ほんの少し。実母の正体に気が付けたような気がした。
そう思ってセイディが息を呑めば、リオが「……ねぇ、何をお話していたの?」とゆっくりと問いかけてくる。
そのため、セイディは「い、いえ、大したことでは……」と下手な誤魔化しをしてしまった。
その瞬間、開いた窓からふわりと風が吹く。頬を撫でる風は、何となく生ぬるい。この季節に似つかない風だった。
「……そう」
少し寂しそうにリオが眉を下げる。けれど、セイディからすればこれを簡単に人に話していいとは思えなかった。
だって、クリストバルが人払いをしたということは――他者に聞かれてはいけない話。そういうことなのだろうから。
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