乙女チックな展開にはなりようがない
(……どうして)
どうして、自分は泣いているのだろうか。そもそも、心の辛さから泣くなど一体いつぶりなのだろうか。
少し声を上げながら泣いてしまえば、ミリウスはなんてことない風に「おー、泣け泣け」と言ってくる。言葉は素っ気ないが、その声音には温かさが含まれている。
「逃げるのかって……ちょっときつく言いすぎたな」
その後、彼は少し反省したかのようにそんな言葉を零す。しかし、セイディはゆるゆると首を横に振り「……いえ」と言う。
実際、セイディの場合はそう言ってくれた方が決意が固まった。ただ、今泣いているのは……そう。ミリウスのぶっきらぼうな優しさに触れたから。あの言葉が原因ではない。
そして、それから一体何分経っただろうか。肩を揺らすセイディに声をかけることもなく、ミリウスは規則的にセイディの背中を優しくたたいてくれていた。その感覚に安心し、あふれ出た涙が徐々に引っ込んでいく。
「……ありがとう、ございました」
涙が完全に引っ込んだのを確認して、セイディはそっと目を伏せてミリウスに礼を告げる。すると、彼は「俺は何もしてねぇ」と言いながら顔を背けていた。どうやら、ほんの少し照れているらしい。
「……お前の雇用主は俺だ。……だから、お前のケアをしてやるのも俺の仕事……って、違うな」
そこまで言って、ミリウスは「あー」と声を零しながら頭を掻く。それから意を決したように「お前だからだよ」と真剣な声音で告げてくる。
「……あの」
「バカみたいに真面目で、バカみたいに必死で。俺らのためにお前は尽くしてくれる。……お前がそういう奴だからこそ、俺らも力になりたいって思うんだ」
ミリウスはいつも以上に真剣な面持ちで、そう告げてくる。その言葉に、セイディの心が――射貫かれたような気がした。
顔にカーっと熱が溜まるような感覚だった。……まぁ、その感情は一瞬でねじ伏せてしまったのだが。
「なんだ、今更照れたのか?」
そんなセイディのことを見つめ、ミリウスは呆れたようにそう問いかけてくる。だからこそ、セイディは「そんなわけ、ないですっ!」と意地になったように告げた。そうだ。実際、照れたわけではない。……嬉しかったのは、認めるが。
「で、どうするんだ?」
その「どうするんだ?」の意味は、セイディにもよく分かっている。そのため、セイディは彼の目をまっすぐに見つめて――自分の意思を口に出す。
「――私、やっぱりメイドを続けます」
意を決したようにそう告げれば、ミリウスは「上出来だ」と言いながらそのきれいな唇を歪めていた。
「こんなことで辞めたら、私らしくないですよね」
肩をすくめながらそう言えば、ミリウスは「まぁ、そうかもな」と何処となく呆れたような声音で告げてくる。どうやら、彼はこの言葉には同意しないらしい。
「私、お父様のこともお義母様のことも、レイラのことも。……きちんと向き合って、けじめをつけます」
その後、誤魔化すようにそう続ければミリウスは「そうだな」と言葉をくれた。その言葉は、言っている言葉の割にはとても優しい声音だった。
「じゃ、辞表の方破いておくか」
「……お願い、いたします」
「いや、別に俺が破くわけじゃないし」
セイディの言葉に、ミリウスはなんてことないようにそう言う。そして「破るのは、どうせアシェルだよ」と言いながらけらけらと笑う。
「……どうしてですか?」
「そりゃあ、あいつストレスたまってるし。……まぁ、原因の大半は俺だけれどな!」
それは、堂々と言っていい案件ではないのでは……?
そう思ったからなのか、セイディの頬がほんの少しひきつった。
だけど、この人のおかげで――自分はメイドを辞めることはなくなった。そう思うと、今は突っ込む気力もない。
「じゃ、宣言の取り消しに行くか!」
「はい……って――!」
セイディがミリウスの言葉に返事をすれば、彼はセイディのことを担ぎ上げる。……その担ぎ方は、まるで重たい袋でも担ぐかのようなものだ。……お世辞にも、女性を抱きかかえる方法ではない。
「ちょ、おろ、降ろしてくださいっ!」
さすがにこんな状態は嫌だ。そう思い首をぶんぶんと横に振っていれば、彼は「たまにはいいだろ」と言う。
「たまには甘えておけ」
「――これは甘えるとかそういう問題じゃないです!」
本当に、これは違う!
そんなことをセイディは思うものの、これがミリウスなりの元気付ける方法だとわかっているからなのだろうか。――そこまで、嫌悪感は抱かなかった。
まぁ、この状態で本部に戻ったためアシェルやリオには怪訝そうな視線を向けられた挙句、ミリウスはアシェルにこってり絞られていたのだが。
サブタイトルが全て(`・ω・´)次回の更新は火曜日を予定しております。
書籍版3巻の作業もぼちぼち進んでおります!
いつも読みくださり誠にありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします……!




