辞表(2)
「……一つ、お願いがありまして」
目を伏せて静かな声でそう言えば、アシェルもただ事ではないと察したのだろう。彼は「……重要なことか?」と問いかけてくる。そのため、セイディは静かに頷いた。
「……私、メイドを辞めようと思います」
そして、セイディは意を決してそう告げた。ポケットの中に突っ込んでいた辞表を取り出し、アシェルに手渡す。そうすれば、彼はそのきれいな目をぱちぱちと瞬かせた。しかし、すぐに「正気か?」と尋ねてくる。
「はい」
だからこそ、セイディはまっすぐに彼の目を見てそう伝える。けれど、すぐに視線はそらしてしまった。彼のその驚いたような目を見つめていることが辛かったのだ。
(……辞めるって決めたのに、まだ心が揺らぐのね)
そう思いながら、セイディはアシェルの返答を待つ。すると、アシェルは辞表を受け取り「預かっておくな」と静かな声で告げてきた。
「悪いが、セイディの雇用主は団長だ。俺が一人でセイディを辞めさせることは出来ない」
「……はい」
「それから……どうしていきなりそんなことを言う」
アシェルはセイディの目をまっすぐに見つめてそう問いかけてくる。その目は美しい。だけど、何となくやるせなさのようなものが宿ってるような気がした。素直に言って、いいものだろうか。一瞬だけそう躊躇ったものの、セイディは口を開く。
「このままだと、皆様にご迷惑をおかけしてしまうからです」
凛とした声でそう告げれば、アシェルは「迷惑、か」と零す。その後、彼は脚を組みなおしながら「迷惑だなんて、思っていないんだがな」と告げてきた。
その回答は、セイディも予想出来ていた。しかし、セイディが嫌だったのだ。いつもいつも騎士たちアルヴィドのことで迷惑をかけてしまう。それだけではなく、魔法騎士にも迷惑をかけてしまっている。この状態だと、騎士団の任務に支障が出るかもしれない。そんなことになれば、セイディだって後悔してしまうのだ。
「悪いのはセイディの父親……オフラハティ子爵だろ?」
「それは、そうですけれど……」
そう言われたらなんと返せばいかがわからない。そんなことを思いセイディが眉を下げていれば、アシェルは「でもな」と真剣な声で言葉を発する。それに驚いてセイディが彼の顔を見れば、彼はとても真剣な表情をしていた。
「セイディの意思を尊重するのが重要だと、俺は思う」
「……は、い」
「だから、辞めたいのならば引き止めない。人には自由があるからな」
淡々と告げられるその言葉は、冷たい言葉に聞こえてしまう。だが、その言葉に何処となく寂しさのようなものがこもっていることにセイディは気が付いていた。その所為で、セイディは目を揺らす。
そんなことを思っていれば、リオがお茶を持ってきた。それから彼はアシェルの手の中にある辞表を見つめ、セイディに「……メイド、辞めるの?」と問いかけてきた。そのため、セイディは静かに頷く。
「……そう」
リオは何を思っているのだろうか。たったそれだけの言葉を告げると、「仕事に戻るわね」と言って執務机の方に戻っていく。多分だが、彼にもいろいろと思うことがあるのだろう。
(いきなり辞めるなんて言っても、皆様納得してくださらないわよね……)
せめて、後任が決まるまではいた方が良いのだろうか。そんなことを思うものの、長々といればその分愛着がわいてしまう。もうすでに湧いているといえば湧いているのだが、これ以上ここに気持ちを留められるのは嫌だった。
「じゃあ、団長の判断を待ってくれ。……俺もリオも、セイディの新しい道を応援しているからな」
「ありがとう、ございます」
アシェルの言葉にそれだけを返し、セイディは立ち上がる。そうすれば、アシェルは「……ボーナス、出しておいてやる」と静かな声で呟く。
「……え?」
「新しいことをするのならば、いろいろと用入りだろう。……俺ら的にはセイディに辞めてほしくはないが……」
そう言ってアシェルが眉を下げる。そんな表情、しないでほしい。そういう表情を見ていると……辞めたくなくなってしまうから。
「まぁ、セイディにはセイディの道がある。団長と相談の上、いろいろと決めてくれ」
その言葉は会話の打ち切りを意味していた。アシェルはお茶を飲み干すと自身の執務机の方に戻っていく。
(……ミリウス様と、相談か)
彼は一体どういう反応をするのだろうか。それが全く読めないせいで、いろいろと不安になってしまう。
そう思って目を伏せてしまうが、すぐに「このままだとダメだ」と自分に言い聞かせた。
(きちんと、お話しなくちゃ)
自分自身にそう言い聞かせ、セイディはゆっくりと騎士団の本部を出て行く。
その後、寄宿舎へと向かおうとした。……のだが。
「セイディ」
「……ミリウス様」
ほかでもないミリウスに、捕まってしまった。
次回更新は火曜日を予定しております(o_ _)o))
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