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辞表(1)

 それから数日後。


 この日、セイディは一日休みだった。そのため、朝食を作り終えてからは自室にこもって片づけをしていた。塵一つ残さないほどきれいに片づけ、持っていたカバンにいろいろなものを詰め込む。


 アシェルに買ってもらった衣服や、リオにもらった小物。パートナーを務めた際にフレディからもらったドレス。思い出の品を一つ一つカバンに詰め込んだ後、セイディは机の上に置いてある一つの封筒を手に取って部屋を出て行く。


(……よし、これを出せば終わりね)


 その封筒を衣服のポケットに突っ込み、セイディは騎士団の本部を目指して歩く。


 途中休憩に入った騎士や魔法騎士たちににこやかに挨拶をする。まだ、悟られるわけにはいかない。ここの騎士たちはフレンドリーだし、優しい性格をしている。魔法騎士たちも一風変わった人たちが多いが、根本は優しい。それをセイディは嫌というほど知っている。

 そのため、知られるわけにはいかないのだ。知られてしまえば――引き止められてしまうだろうから。


 ポケットに突っ込んだ封筒を握りしめ、セイディは意を決してもう足を踏み出していく。


 封筒に書かれたのは『辞表』という文字。たった一言「仕事を辞めます」と言えばいいのかもしれない。けれど、きちんとしたかった。騎士や魔法騎士たちはこうやって辞表を出して辞めるのだ。メイドである自分も習うべきだと思った。ただ、それだけ。


 顔なじみの警備たちにぺこりと頭を下げて、セイディは王宮に入っていった。


 王宮でも顔なじみの侍女やメイド、従者たちとあいさつを交わす。いつも通りに振る舞って、ただ明るく笑う。


(私は、いつも通りに笑えているかしら?)


 そう思う気持ちはあったものの、ぎこちない表情を指摘されることはなかった。だからきっと、大丈夫。


 そして、騎士団の本部がある部屋の前に立つ。一旦深呼吸をして、扉を三回ノックする。すると、中から「どちらさま?」という声が聞こえてきた。この声はリオのものだ。


「セイディです。少し、用事がありまして……」


 出来る限り明るい声でそう言えば、リオは「は~い、どうぞ」と返事をくれた。だからこそ、セイディは「失礼いたします」と言って本部に足を踏み入れる。


 中は相変わらず資料が雑多に積み上げられており、あまり綺麗とは言えない。……この光景も見納めなのかと思うと、セイディの中にいろいろな感情が芽生えていく。


「ごめんなさいね。今、副団長は席を外しているのよ」


 ニコニコと笑ってリオがそう言ってくれる。なので、セイディは「そうなのですか」と言葉を返した。大体セイディがここに来るときはアシェルに会いに来ることが多い。リオもそれはわかってくれているのだ。


「お茶は何が良い? ハーブティー? それとも普通の紅茶?」

「……なんでも、大丈夫です」

「そう。じゃあ、新しく実家から送ってもらったものを用意するわ」


 セイディの意見を聞いて、リオは部屋の奥へと入っていく。その背中を見送った後、セイディは応接スペースのソファーに腰を下ろし、一度「ふぅ」と息を吐く。


 騎士団長の執務机にミリウスはいない。当たり前だが、副団長の執務机の前にアシェルはいない。席を外しているというのはどうやら本当のことらしい。まぁ、リオがセイディに嘘をつくとは思えないのだが。


(優しくされたら、気持ちが揺らいでしまうわ)


 目を瞑ってそう考えていれば、リオが「どうぞ」と言ってカップに入ったお茶を持ってきてくれた。ほのかに漂う香りは一体何だろうか? そう思って首をかしげていれば、彼は「ちょっと変わったお茶なんだけれどね」と言いながらくすくすと笑う。


「柑橘系のフルーツがミックスになっているのよ」

「珍しいですね」

「えぇ、そうでしょう」


 セイディの言葉にリオはニコニコとしながら応対してくれる。


 二人で話している時間はとても心地よい。リオに仕事はどうなのかと尋ねれば、ちょうど休憩する予定だったらしい。そのため、ちょうどいいということだった。


「ところで、アシェル様はどちらに……?」


 世間話の一環でそう問いかければ、リオは「魔法騎士団の方との打ち合わせよ」と教えてくれる。


「今日も団長朝から行方不明なの。だから、副団長が行っているのよ」


 ……それは、笑いごとではないような気がする。


 そう思ってしまうが、ここではそんな細かいことを気にしていてはやっていられない。それをここ数ヶ月でセイディは学んだ。


 そんな風に会話をし始めて十分程度が経った頃。部屋の扉が開きアシェルが顔をのぞかせた。彼は疲れたような表情を浮かべていたものの、セイディの顔を見て「どうした?」と問いかけてくれる。


「……いえ、少し、お話がありまして」


 真剣な面持ちでそう言えば、アシェルは「そうか」と言ってセイディの真ん前のソファーに腰掛ける。


「リオ、茶を持ってきてくれ」

「はいは~い」


 アシェルが現れたため、リオはもう一度奥へと引っ込んでいく。リオのことを見送れば、アシェルは「で? 何か相談か?」と言葉をくれた。だからこそ、セイディはゆっくりと口を開いた。

次回更新は金曜日を予定しております(o_ _)o))

書籍は2巻まで発売中。また、コミカライズも連載中です。こちらもよろしくお願いいたします。



いつもお読みくださり誠にありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします……!

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