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いっそ

 それからしばしの日が経ち。セイディはその日も仕事に精を出していた。玄関をピカピカに掃除し、満足げに頷く。


(ふぅ、ちょっと休憩しようかな……)


 そして、そう思った。


 大きなあくびを噛み殺し、セイディは寄宿舎にある自室へと向かう。最近では実父の動向が気になってしまい、あまりよく眠れない。しかし、メイド業は重労働である。そのため、眠らないという選択肢はなかった。眠れないときも目を瞑って寝台でゴロゴロとする。そうすれば、自然と眠りに落ちていけるのだ。


(けど、今日はちょっと睡眠不足かも……眠いわ)


 そんなことを思いながらセイディはふわぁとついにあくびを零してしまう。幸いにも今のセイディを見ている人間はだれもおらず、ほっと息をつく。あくびなんてしているところを見られてしまえば、無駄な心配をかけてしまうだろうから。


 続けざまに出そうになるあくびを噛み殺し、セイディは寄宿舎の中に戻ろうとした。そんなときだった。


「……セイディ」


 小声で見知った騎士がセイディを手招きした。それに驚きながらもセイディが彼の方に近づけば、彼は「……寄宿舎の中に、隠れてろって副団長から連絡が」と耳打ちしてくる。


「……どうして、ですか?」

「い、いや、お前には……」


 セイディの問いかけに騎士が口ごもったときだった。聞きなれた怒号がセイディの耳に入ってくる。


「お前ら、私を誰だと思っているんだ!」


 威張り散らしたような言葉なのに、言葉の節々には怯えが含まれている。その声を聞いて、セイディは慌てて騎士に言われるがままに身を隠した。


「……オフラハティ子爵。こちらは関係者以外立ち入り禁止でございます」

「そんなものは知らん!」


 騎士の丁寧な追い返しにも、彼は応じない。何処となく酔っぱらっているように見えるのは、気のせいではないだろう。


(……お父様)


 男性――アルヴィドの姿を陰から見つめ、セイディは内心でそう呟く。気が付けば先ほどセイディを手招きしてくれた騎士も、アルヴィドを追い返す部隊に入っていた。


「私はあの代表聖女の父だぞ!」


 アルヴィドのその言葉に、セイディは身を縮めた。


「お言葉ですが、オフラハティ子爵。代表聖女は確かに偉いですが、貴方はそこまで偉くないでしょう」

「わ、私は……!」

「貴方の噂は常々窺っております」


 セイディがその声に反応してそっとそちらに視線を向ければ、アルヴィドに応対しているのはアシェルの様だ。先ほどまではいなかったので、大方駆けつけてくれたのだろう。こういう役割はほとんどアシェルが引き受けていると聞く。彼は名門伯爵家の令息ということもあり、大体の人間が怯んでしまうためらしい。


「先代の子爵が発展させてきた事業のいくつかを潰し、子爵の風上にも置けない。そう、言われております」


 淡々とアシェルはそう告げているが、その声には明らかな怒りが含まれている。それに、アシェルはそこまで刺々しい言葉を言うようなタイプではない。確かに気を許せば毒を吐くものの、初対面の人間には丁寧に応対するのが彼だ。そんな彼が怒っている。それを肌で感じ、セイディはそっと目を伏せる。


「そ、それは……」

「それに合わせ、勘当した娘の威光を借ろうとするなど言語道断です。……おかえりください」


 丁寧な口調なのに、有無を言わさぬ言葉だった。それに怯んでか、アルヴィドは「クソッ」と呟いた後に踵を返して出て行く。


 そんな彼の後ろ姿が視界から消えたのを見て、セイディは申し訳なさそうにアシェルの方に近づいた。


 すると、アシェルはセイディに気が付いてか「悪かったな」と言ってくる。……悪いのは、アシェルではない。そういう意味を込めてゆるゆると首を横に振れば、彼は「……少し、元気がないな」とセイディに声をかけてくれた。


「……疲れたか?」


 優しくそう問いかけられ、セイディはこくんと首を縦に振る。だからだろうか、アシェルは「少し休んで来い」と言ってくれた。元々そのつもりだったので、セイディが異を唱える意味もなく。セイディが寄宿舎に戻ろうとすれば、アシェルが指示を飛ばしているのが聞こえてきた。


「……今後の警備は厳重にしろ。あと、魔法騎士団の方にも連絡を」

「はい!」

「くれぐれも、あの男を入れないようにしてくれ。……セイディに毒だ」


 アシェルは淡々とそう指示を出すものの、その指示がセイディの心に小さなとげを刺していく。彼はセイディのことを思ってそんな指示を出してくれている。けれど。


(……私が、皆様の邪魔になっている)


 そう、思ってしまった。


 普段は些細なことではへこたれないセイディだが、この時ばかりは心に来てしまっていたのだろう。部屋に戻ると、そのまま寝台に倒れこむ。


(……私は、このままここにいてもいいのかしら?)


 クリストファーやアシェルはいてほしいと言ってくれる。だけど。このまま迷惑をかけるくらいならば、いっそ――出て行ってしまおうか。そんな考えが、セイディの胸中を支配していた。

次回の更新は日曜日または火曜日を予定しております(o_ _)o))


ここからセイディに試練が待ち受けております。胸糞展開もあるかもしれませんが、ご了承くださいませ。


いつもお読みくださり誠にありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします……!

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