第一の襲撃(2)
「……その態度、気に入らないな」
「別に、俺は他者に好かれたいなどこれっぽっちも思っていないので。ついでに言うと、こんなこと他者に好かれたい人間が出来ることではないでしょう」
けらけらと笑いながら、アーネストはそう言う。確かに、その言葉は間違っていないだろう。アーネストのやっていることは、マギニス帝国のやっていることは、他者に好かれたいと思っている人間が出来ることではない。だからこそ、分かるのだ。……彼は、他者を何とも思っていない非情な人種なのだと。その纏った狂気は、本物なのだと。
「……お前、一応俺の後ろに隠れていろ」
「は、はい」
ジャックがそう言ってセイディの身体を庇うように前に立つ。そのため、セイディは大人しくしていることにした。こんな狭い馬車の中で、セイディが変に動けば間違いなくジャックの足手まといになる。それは、分かっていた。それに、ここは一瞬とはいえ戦場なのだ。ならば、戦いに慣れているジャックに従うに限る。自分は、やはり戦場には慣れていない。
「ふむ、そこまでして、その聖女様を守りたいですかね?」
「……それが、俺の役目だからな」
「貴方、公爵家の令息だそうですけれどね」
肩をすくめながらそう言うアーネストの言葉は、やたらと刺々しい。まるで、バカにしたような。嘲笑するような。そんな声音に、ジャックが軽く怒りを抱くのがセイディにも分かった。
(アーネスト様は、人の癇に障る言動が本当に多いのよね。まるで、わざと人を怒らせようとしているみたいだわ)
心の中でそう思いながら、セイディはジャックの陰に隠れてアーネストの姿を見据える。整った顔立ち。綺麗な髪に、何処となく狂気を纏った目。すらりとした体格は、きっと女性から人気が高いだろう。そんな彼が、どうしてここまで歪んだのかは分からない。でも、少なくともセイディは思うのだ。歪んだ人には、それ相応の理由があるのだと。だから、きっと。アーネストにも何かがあるのだろうと。
「公爵家の令息が、そんな貧相な女を守るんですね。……確かに、力の強い聖女様かもしれません。それでも、この国には聖女なんて吐き捨てるほどいるでしょうに」
「……それでも、だ。俺は俺に課せられた役目を全うするだけだ。……お前とは、違う」
「俺も、自分に課せられた役目を全うしているだけですよ」
今度は、クスクスと笑いながら。アーネストはそう言ってくる。……確かに、アーネストも自分に課せられた役目を全うしようとしているのだろう。マギニス帝国の皇帝陛下から与えられた役目を全うする。そのために彼は今、ここで自分たちと対峙している。
「お前と、一緒にするな」
「おや、そうですか。けど、俺と貴方は案外似ていると思いますけれどね」
その言葉は、のんびりとした声音で紡がれる。その後、アーネストはブーツでコンコンと馬車の床を数回叩いた。その行動に、一体何の意味があるのかは見当もつかない。それでも、何か意味があるのだろう。
「実は、俺にはどんな手段を使ってでも守りたい存在がありまして。……そのために、こういう風に動いているんですよ」
「……そうか」
「皇帝陛下も、同じだったりしますよ。まぁ、皇帝陛下の場合は『俺たち』とは事情が違いますが」
アーネストの言う「俺たち」とは、皇帝陛下のお気に入りたちのことなのだろう。それは、セイディにも分かった。だからこそ、セイディはアーネストのことをただ見据え続ける。自分は今、お荷物に近しい存在だ。ならば、自分は大人しくする。万が一の時のために、治癒の準備はしておくが。
「まぁ、ここで一旦戦闘と行きましょうか。……俺、これでも実力のある魔法騎士でしてね。……貴方、いえ、ジャック・メルヴィルとは一度お手合わせをしてみたくて」
「……そうか」
「この王国の実力者と、一度戦ってみたかったんですよ。もちろん、あの騎士団長については例外ですよ。俺、あっけなく殺されちゃいますから」
そう言って、アーネストは懐から短剣のようなものを取り出す。そのためだろう、ジャックはセイディに対し「……本当に、大人しくしていろよ」と言葉をかけてくる。その言葉に、セイディは静かに頷く。
「さすがに、皇帝陛下に手土産なしで帰るのは、いろいろな意味で出来ないのでね。……さっさと、始末しますよ。その聖女様を」
アーネストのその言葉は刺々しく、冷え切っていた。それでも、セイディは負けじとアーネストのことを睨みつける。が、今彼の目にはジャックしか映っていない。何故ならば、ジャックのことを倒さない限り、セイディを始末することは出来ないから。
セイディがアーネストのことを見つめていれば、彼はそのまま馬車の床を蹴り、ジャックの方に飛んでくる。それに、セイディが身を縮こませれば、ジャックが魔法でその攻撃を阻んでいた。……魔法騎士は、魔法と剣を交えて戦うという。そのため、ジャックの魔法の腕も素晴らしいものだ。
「とりあえず、お前は殿下に連絡しろ!」
「ミリウス様の居場所って、分からないじゃないですか!」
ジャックのその言葉にセイディがそう叫びながら言葉を返せば、「じゃあ、アシェルの奴だ!」と叫んでくる。そして、ジャックは通信機のようなものをセイディに投げつけてきた。
戦闘に突入します。次回の更新は金曜日を予定しております(n*´ω`*n)
また、本日はこちらのスピンオフ「狂愛劣情」も更新しておりますので、よろしければどうぞ。
いつもお読みくださり、誠にありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします……!




