許さない、許せない
――リリス・ミーシャ・マギニス。
それはきっと、リリスのフルネームなのだろう。フレディは消える前に、マギニス帝国の人間は二つの名前を持っていると言っていた。つまり、リリスもその通り。そもそも、皇女なのだ。持っていても、おかしくはない。
「リリスさん……!」
でも、今はそんなことを気にしている場合ではない。そう考え、セイディはリリスの身体に手をかざす。彼女が倒れた原因は、よく分からない。多分魔法の類なのだろうが、はっきりとはしない。それでも、とにかく助けなくては。その一心で、治癒魔法をかけていく。光の魔力を、注いでいく。
「……お前、本当にヤバい奴だな」
そうしていれば、ミリウスのそんな声が聞こえてきた。それは、アーネストに向けられた言葉。ちらりとセイディが横目でミリウスのことを見つめれば、彼は大剣を手に持っていた。……戦うつもりなのかもしれない。
「お褒めにあずかり、光栄です」
「褒めてないけれどな」
「承知の上ですよ。……ただ、俺がそういう言葉を褒め言葉だと受け取る人間だったというだけです」
アーネストはにっこりと笑ってミリウスに視線を向けた。その後、民家の屋根の上から降りてくる。その動きはとても軽く、彼は身体能力が大層高いのだろう。それは、容易に想像が出来る。
「……そんなにも、敵意を向けないでください。俺は王弟殿下と戦うつもりはないのですから」
ひらひらと手を振りながら、アーネストはそう告げてくる。だからこそ、ミリウスは「……だったら、どうして俺たちに喧嘩を売る」と問いかけたのだろう。その声はやはりいつもの数段低く、ミリウスは確実に怒っている。
「喧嘩を売っているつもりは、ありませんよ。身内の不始末を、回収するだけです。……リリス殿下にしても、フレディ殿下にしても」
にっこりと笑いながら、一歩一歩アーネストはセイディとリリスの方向に近づいてくる。多分だが、リリスを始末するつもりなのだろう。それが分かったからこそ、セイディはリリスをかばうように移動した。……自分じゃ、アーネストには敵わない。それでも――リリスを、見捨てられない。
「……そこを、どいてくださいませんか、聖女様?」
「……嫌、です」
そう提案をされ、セイディは静かに首を横に振る。そして、ただ無言でアーネストのことを睨みつけた。その瞬間――アーネストの目が、何故か揺らぐ。どうして、彼の目が揺らいだのかはセイディには分からない。
「……なるほど。通りで、貴女の力は強いはずだ」
「なにを、おっしゃっているのですか?」
アーネストの独り言に、セイディはそう問いかけた。しかし、アーネストは「いえいえ、なんでもないですよ」と言うだけ。その後、身を翻すと何処かに立ち去って行こうとする。が、最後に一瞬だけセイディたちの方向を振り返った。
「貴女を敵に回すのは、大概やめておいた方が良いかもしれないと、皇帝陛下に進言はしておいてあげますよ。……ま、皇帝陛下のお考えを俺が変えることは出来ないでしょうが」
「おい!」
ミリウスの制止も聞かずに、アーネストはただその場から霧のように消えていく。……大方、魔法を使ったのだろう。マギニス帝国が使う魔法の類は強力だ。きっと、転移魔法だって使いこなせる。
「……セイディ、さ、ま」
そんな風にアーネストが消えた後、不意にセイディの手が誰かに握られる。そのため、セイディは慌ててそちらに視線を向けた。今、ここに残っているのはセイディとリリス、ミリウス。それから――正気ではないジャレッドだけ。ならば、全神経をリリスに向けても問題ないだろう。ジャレッドは、いざとなればミリウスがなんとかしてくれるはずだ。
「リリスさん……!」
「……私のこと、助けないで」
ただセイディの手を握りながら、リリスはそう言って微笑んだ。その微笑みがあまりにも美しくて、セイディは一瞬その言葉に頷いてしまいそうになる。それでも、現実に戻り「嫌です」と言って首を横に振る。
「……わた、し、助からないほうが、いいの……!」
消え入りそうなほど小さな声で、聞こえてきたその言葉。助からない方が良い。その願いは、どうにも叶えられそうにはない。だから、セイディは「それは無理な相談ですよ」と言って光の魔力を注ぎ続ける。
「貴女の婚約者が、貴女のことを待っていますよ」
「けど、彼、は……!」
「……私、リリスさんのことそう簡単には許せそうにないです」
リリスの言葉を無視して、セイディは淡々とそう告げた。その言葉に、リリスの目が揺れる。
「それでも、あのアーネスト様の方がもっと許せないです。……リリスさんのことは、許そうと思えば許せるのかもしれない。けど、あの人に関しては別です」
リリスのことは、時間が経てばまだゆっくりとだが許せるかもしれない。それでも、アーネストは別だ。人を傷つけて、なんとも思わないような人種。ああいう人種が、セイディは大嫌いだ。
「……あのアーネスト様に一泡吹かせるために、リリスさんに協力してほしいです。……それが、私が望むことです」
強い声音でセイディがそう言えば、リリスはただ笑った。その笑みは、やはりとても綺麗だった。
連続更新5日目です(多分)よろしくお願いいたします……!(o*。_。)oペコッ
一応この連続更新は書籍の発売日まで続けていく予定なので、あと二日になります。
いつもお読みくださり、誠にありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします……!




